其の他 | ナノ

栄華の夜に




「…またあなたですか」
「やぁ。久しぶりだね、**。」
「おととい来たばかりじゃないですか、神威様」


最近良く吉原にいらっしゃる神威様。彼の飄々とした態度にいつも踊らされてしまう私は遊女でも百華でもなんでもない。いや、遊女でないといえば嘘になるか、名ばかりの遊女の中でもひたすら掃除や寝室の手配などをしているいわば雑用だ。

強いられたわけでもなく、望んで吉原で雑用を務める私はもはや遊女と言っていいのかわからない。とにもかくにも、自分でも良くわかってないのだ。お手伝いさん、とでも言っておこうか。

そんな私に安い金を払い、お酌の相手となっているのがこの神威様だった。


「…また私ですか?」
「嫌なのかい?」
「まだ二部屋、掃除が残っているので忙しいんです。あなたみたいな暇人じゃないんです」
「そうか。なら今日1日君を買ってあげよう」
「……他の遊女の方が、楽しませてくれると思いますけどね」
「君の方が楽しいんだよ」
「………」


嫌味を嫌味で返され、私は今日もこの謎の男に捕まる。

米俵のように掴まれる決して綺麗な身なりでない私は、箒を片手に吉原でもかなり高位な一室へと運ばれる。移動中は餌を捕まえた猛獣としてまるで見世物だ。気に食わん。


「私を買うお金より部屋代の方が高いですよね」
「もちろん。君なんて子供のお小遣いでも買えるよ」
「……こんなボロ雑巾みたいな私を買うのは、あなたくらいです。」


ニコニコと食えない笑顔で風呂に入っておいでと投げられる。馬鹿野郎、まだ服着たまんまだわ。

仕方なく私が掃除した湯に私が入る。後で掃除が面倒くさいからできるだけ綺麗に使った。やば、鏡汚れてた。拭いとこ。


「まだ出ない「ぎゃー!!!なに入ってきてるんですか!!!」
「あはは、意外と胸あったんだね」
「なっなななな何見てるんですか…!!!」


まだ入って10分も経ってないのにまだ出ない?とは何事だ。まだ頭しか洗ってない。

必死で腕で体を隠すも神威様はニコニコとするばかり。散々買われたけれど、なんだかんだでこの人に体を見られたのは初めてだ。


「早く出て着てね。俺、待つの好きじゃないから」
「わかりました…ッ!わかりましたから!早く出てくれないと洗えないです…!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「私のメンタルが削られていきます…!!」


あははは。と笑ってるのか笑ってないのかよくわからない笑い声で去って言った神威様。はぁ、とため息をついて再び洗い始める。さっきよりも三倍速くらいで。

本当に、神威様はよくわからない。




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「……あの」
「ん?どうしたんだい?」
「わたし、お酒飲んだことないんで、そんなお猪口勧められても困ります」
「あはは、じゃあ**ちゃんの初めては俺だね。」
「それ語弊があるので訂正してください」
「俺の酒が飲めないって?」
「いや、誰のお酒でも飲めないっていうか…」


さっきまでは神威様にお酒を注いでいたのに可笑しいな、いつの間にか私がお猪口を握らされ、神威様にお酒を注がれていた。あれ?あれれ?


「やっぱり**ちゃんは強情だね」
「素直で可愛い遊女さん呼んできましょうか?」
「反抗するくらいがちょうどいいよ」
「どういう性癖ですか、それ」
「だって、さ」


ぐ、と顎を掴まれる。蒼い瞳がまっすぐに向けられ、逸らしたくなる。でも逸らしたら負けな気がするから、死んでも逸らさないけど。


「その強い精神とか瞳とか、少しずつへし折っていく様がいいんじゃんか」


ギラリ、と獲物を狩るような目に、背中がゾクリと疼く。やばい人に気に入られたな、と冷や汗が止まらない。


「……相当のサディスティックなようで、」
「その少し怯えた目、堪らないね」


そりゃ怯えもするわ。ノーマル一般ピーポーだぞ。戦闘とか訓練とか、そんなのからかけ離れた生活をしている私と、闘争心バリバリのあなたとじゃ住む世界が違うんだから。

手の震えがばれないように、ぐっと力強く拳を握った。こんな私でも負けたくないとかそんな維持はある。怯えた目だとしても、じっと見返した。


「強がって震えを我慢するところとか、弱いのに見返そうとするところとか、…だから君は堪らないんだよ」
「私も堪ったもんじゃないですけどね」


クスクス笑われながらも手を離され、ようやく自由になる。自分のお猪口を置いて、神威様のお猪口が空になっていたから新たに酒を注いだ。さっさと酔って寝てくれないかなぁ。

ぐっと一気に酒を呷る神威様。私は新たに酒を注ごうと徳利を傾けた。その時、


「ッんん!?っ、!!」


神威様は私に接吻をかましてきやがった。


「っ、ん、ッ!?」
「ふふ」


何度も何度も角度を変えられ、次第に息が我慢できなくなって、小さく口を開いた。その瞬間、待ってましたと言わんばかりに神威様は舌をねじ込んできた。


「〜〜ッ!!んんっ、!」


あろうことか、さっき神威様が口に含んでいた酒を流し込んできやがった。こっちも意地だから必死に飲むまいと抵抗してみたが、がっちり頭も体も抱きしめられ、しかも足まで使って捕まえられたら到底逃げることなんてできなくて。


「んっ、ングッ…ん、あ…」


ゴクッ、と酒が喉を通った。苦くて、変な味で、少なくとも美味しくなんてない。抵抗した時に口からこぼれた酒が喉元を伝ってくすぐったかった。


「飲んだね」
「っ、あなたが無理やり、」


やっと解放された、そう思ったのに、神威様はまたも徳利ごと酒を口に含んで、私に唇を重ねてきた。

いやだ、とわずかに首を振ったが、神威様は御構い無しにさっきと同様に酒を流し込む。初めての接吻も、初めての酒も、こんな同時に体験させられ、私の視界は涙で滲む。



結局、酒ビン一升丸々とまではいかないが、8割程度神威様の口移しで飲まされることになった。


「もっ、ムリ…!飲めな、ッ!」
「んーんー」
「やだ待って…、もうムリだかッ、んんっ、!」


どれだけ拒絶しても、神威様は私に酒を飲ませた。無理やり飲まされ続けた私は、神威様に抱きしめられているのが相まってバカみたいに身体中が熱くなって、息も心臓も苦しくてポロポロと涙を溢した。

口付けしている唇が自分のものじゃないみたい。酒に酔わされた私はいつしか接吻が麻薬みたいにクセになっていった。


「アハハ、泣いてるね」
「っ、誰のせいだと、!」
「俺のせい」


あーあ、もったいない。そう言って神威様は私が零したお酒を舐めるように顎から首にかけて舌を這わせていった。

舐めるように、時折吸い付くように、神威様から与えられる刺激にビクビクと体がだらしなく反応する。たまに吐く神威様の息が体をさらに熱くさせた。


「〜〜っ、待って、やめっ、!ッん、」
「ねぇ」
「んっ、ぅ…」
「こんなとこにいてないでさ、俺の船に乗らない?」
「!何言って…ッ!」
「俺、**がクセになっちゃった」
「なにバカなことを…!」
「**も、」


俺とのキスがやみつきになったでしょ?そう笑ってまた深い接吻を強いてきた。


「ふぁ、ッん、ぁ…」
「ん、…」


私は酔っ払ってる、だから頭がおかしくなってるんだ。そうじゃなきゃ、こいつとの接吻が気持ちいいだなんて思うはずがない。


「…はは、蕩けた顔しちゃってさ」
「し、してないッ!」
「かわいいね」
「!?」
「続きは俺の船でしよっか」
「ばっ、なに言って、!!」
「おやすみ、**」


トン、と首の後ろを叩かれ、私の意識は暗闇に消えた。

暗闇の中で、神威様が「俺の」と妖艶な声で呟いていたのは、夢だと思いたい。




栄華の夜に

(阿伏兎〜〜、見て見て捕まえた〜〜)
(元あった場所に返してこい、このすっとこどっこい)
(やだよ。だって、『俺の』、だからね)

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