愛をかじる音がする






「**さん」

「ノックしなさいって言ってるでしょ、ユリウス。」


ノックもなしに入って来たのは、次期団長だと噂されているうちの団の副団長くんだった。

はっきり言ってめちゃくちゃ強いし、きっと上司の私なんかよりもデキるやつ。
それでも部下の姿勢を崩さないところを見ると、やはりデキるやつだと思わざるを得ない。


「報告書できました」

「ん。そこ置いといて」

「…昨日家に帰りましたか?」

「え?なんで?」


机に手をついて、親指で私の目の下をス…となぞるユリウス。その目は部下のソレではなかった。


「隈、ついてます」

「………仕事中」


ぱし、とその手を払った。
そう、そんなできる部下は私の恋人でもある。
からかわれるのが嫌だから、周囲には一切公言していないけれど。


「ちゃんと寝てください」

「昨日だけだよ、今日は寝るから」

「その言葉昨日も聞きました」

「そうだっけー?」


む、と口をへの字に曲げるユリウス。その表情にまたごめんって、と特に謝る気のない謝罪をした。
最近忙しいからさぁ、なんて口に出したけど、ユリウスへの団長引き継ぎの意向を文書に出していたところ。あと内容の最終確認中。
二、三年後には、ユリウスがこの団を率いるんだろう。

むくれるユリウスがなんだか可愛らしくて、またクスクスと笑みがこぼれた。


「…**さん」

「んー?」

「……その顔、反則です」

「っ…」


さっきみたいに、机に手をついて私の首を支えたユリウスが、グイッとその顔を近づけた。


「………」

「だから、仕事中はダメって言ったでしょ」


ユリウスの唇に触れているのは、私の手のひら。とっさに唇の間に手をかませることができて少しホッとする。
見境なしにこんなことをしてくるような奴だから、境界線を張るのに一苦労だ。


「…仕事は終わらせました」

「私はまだ終わってない」

「ご褒美を、」

「今度デートするときね」

「いつですか」

「さぁ」


超至近距離で納得いかないように眉を顰めるユリウスに、また今度、と人差し指でおでこを突いた。


「子供扱い、しないでください」

「ーーっ、ん…ッ」


スル…と首を支えた手が耳をくすぐった。ゾワゾワと背筋を這う刺激がわずかに声をあげる。


「フフ…本当に、耳が弱いですね、**さん」

「っユリウス、おこっ…るよ…ッ!」

「かわいいですね」

「誰か来たらどうすん…っ!?」


くそ、この若造が…っ!

重ねられた唇に、キュンとしたと同時に苛立った。
調子乗んな、と手を抓ってやろうとしたら、またスルリと耳に刺激が走った。


「ッん、待っ、誰か来るから、!」

「フフ…この敏感さは、敵に捕まったりしたら大変ですね」

「〜〜っ、誰が捕まるか!」


ブンッと頭を振った。おでこにくる衝撃と共に、グフっ、という変な奇声。
鼻を押さえて悶えるユリウスに、ざまあみろという視線を向けて、腕を組んで息を吐いた。

その時に、ガチャ、とドアがノック無しに開いた。


「失礼しま……あれ?」

「……アシエ!ノックしなさいって言ってるでしょ!?」


ったく、揃いも揃ってあんた達は…っ!

腰に手を当てて、反対の手で机を殴った。
あああ、もう、さっき触られた部分が全部熱い。
誤魔化すように頭をガシガシ掻いてそっぽを向いた。


「**さん、顔赤くないですか?」

「ッ赤くない!」


ほんの少し心臓が高鳴った。それがまた悔しくて、苛立ちを示すように顔をしかめたが、ふと視線を下げればニヤついた顔で私を見るユリウス。
腹が立ったから強化魔法で鍛えた腕力のまま分厚い辞書を投げつけた。余裕で避けられたけれど。


「**さんとユリウスって仲良いよね〜」

「アシエさんもそう思いますか?」

「良くないわ!」


ヘラヘラ笑うユリウスの顔を抓りながら声を荒げた。断じて照れ隠しではない。断じて。


「**さん、これ昨日のダンジョンの報告書です」

「ん、了解。お疲れ様」


ペラっとした一枚のA4用紙を受け取り、ざっと内容を確認する。まぁアシエは強くて頼りになるから、内容の不備に不安は一切ない。
前団長がこの子を団に引き入れてくれて満足している。お陰で部下の訓練がスムーズになった。

椅子に座って報告書を読んでいたら、「失礼しました」と礼をしてから退室するアシエ。「お疲れ様」と声をかけ、彼女が退室するのを見送った。
おちゃらけたところもあるけれど、これからのこの団を引っ張っていく幹部の一人だ。


「うん、報告書も完璧」

「さすがアシエさんですね」

「ユリウスがいなかったら、次の団長候補に推薦してたよ」


そう言って報告書にハンコを押し、再度報告書を確認した。すると、手元に影が降りて、文字が暗く読みにくくなった。

構ってちゃんだなぁ、と口元に笑みを浮かべながら視線を上げれば、影を作った張本人がなにやら難しい顔で私を見下ろしていた。


「…**さん、本当に引退するんですか…?」

「またその話?何度目よ、ユリウス」

「でも**さん、まだ若いし、」

「若いったってもう30過ぎてるのよ?年増のオバさんはさっさと椅子開けなきゃ、次の子が座れないでしょ」


ぱち、と手元のライトを点灯させ、また視線を落とした。やはり二度目の確認もミスなく出来ていることが確認できたため、処理済みの箱の中に一枚重ねた。


「まだ、早いです、」

「…私が団長になった時から、早めに席を譲ろうってずっと決めてたから」


──…それに、あんたは魔法帝になる男だよ。

この言葉はお世辞でもなんでもない本心だ。
私がユリウスの教育係になった時から、ずっとそう感じていた。この男は魔法帝になる器の持ち主だ。ユリウス以外、考えられない。


「トップに立つ経験も、積んどかないとね」

「……まだ、**さんの部下でいたいです」

「はは、上司冥利に尽きるね」


ちょいちょい、と手招きをしてユリウスを近くに来させた。
まだ難しい表情で私を見つめるユリウス。頭固いなぁ、と心の中で笑みを浮かべては、その不安げな胸ぐらを強く掴んで引き寄せた。


「ん、…」

「っ…は、…**さん、」


ほんの一瞬だけ触れ合った唇。余韻に浸るように吐き出されたため息がお互いのものと溶け合った。
揺れるユリウスの瞳。いつも強く逞しいユリウスはどこに行ったのやら。


「私が隠居しても、ちゃんと構いに来てね」

「…**さんが嫌がるくらい、構いに行きます、。」


もう一回、と紡がれた言葉に、はいはいと笑って唇を寄せた。


「ユリウスが団長になったら、結婚しよっか」

「…プロポーズ、私からするつもりだったのですが…」

「言ったもん勝ち」


ジト目で睨んでくるユリウスに、ごめんって、とまたも特に謝罪の意思なく声に出した。

数秒見つめあったら、またユリウスが熱っぽい視線を送って来た。
キス、好きだねぇ。
他人事のように、顔を近づけてくるユリウスに対して笑みを浮かべて目を瞑った。


ガチャ、

「あ、すいません**さ、」

「んぶっ!?!?」

「なっ、なななななにアシエ!!!何もしてないからね!!!!」

「え、ユリウス、何で**さんに顔面パンチ貰ってるの?」



愛をかじる音がする
「**さん、顔赤くないですか?」
「赤くない!!!」