ルノワールを指でおう






「最近よく来るわね、ユリウス」
「ここの酒は飲んでも飲み足りないからね」
「部下に怒られるよ?」
「大丈夫だよ、通信は切ってある」
「それが怒られる原因なんだって」


平界のど真ん中に位置する、しがない酒屋のカウンターにはユリウスただ一人。それもそのはず、時刻は深夜をとうに回ってお店も閉店時間をとっくに過ぎている。
ユリウスがお忍びで来るため、特別に開けているのだ。


「魔法帝ってのもしんどそうね」
「まだ慣れないことばかりで大変だよ」
「そのうち慣れるでしょ、ユリウスならね」


昔は、私も夢大きく魔法帝を志願していたが、平界に住む特にこれといった特徴のない私は物の見事に夢破れ、魔法騎士団にも入団することができず、実家の酒屋を継ぐことになった。
ユリウスとは、試験会場で仲良くなってボコボコにされた仲だ。


「まさかあんたが魔法帝になるとはね〜」
「全くだよ」
「世も末ね」
「こりゃ手厳しい」


クスクス、と笑いながらコースターを差し出した。メニューを聞く前に「ウイスキーをロックで」、と頼んで来るあたり流石の酒豪である。


「**も久しぶりに一緒に飲まないかい?」
「……私が飲んでも、ユリウスのお代はきっちりいただくからね」


トン、とウイスキーを瓶ごとカウンターに置いた。ついでに、自分用のホワイトキュラソー、レモンジュース、コーラやソーダを並べた。


「あ、ついでにジンも飲みたいかな」
「肝臓ぶっ壊しても知らないよ」
「水みたいなものだよ」
「バケモンか」


ユリウスが酔ったところを見たことがない。度数がやたらめったら高いのを飲むが、それでもこいつはけろっとしている。
酒屋を切り盛りする私ですら度数を薄めて飲むというのに。


「ナッツとドライフルーツとチーズと…あとなにが食べたい?」
「特にいらないかな」
「ん」


コト、コト、とグラスを二つ、コースターの上に並べた。ユリウスのはそのままロックで入れるが、私は半分ソーダで割って入れた。
ついでにおつまみもご要望のジンも並べ、ユリウスの隣に座る。


「ありがとうね」
「仕事だからね。そっちも仕事お疲れ、ユリウス」
「**もお疲れ様」


カラン、とグラスがぶつかると同時に中の氷が揺れた。ユリウスがグラスに口をつけるのを確認してから自分も口をつけた。
酒屋だからって毎日お酒を飲んでいるわけじゃない。むしろ今日は久しぶりだ。
ユリウスのペースに合わせないように気をつけないと後が大変だ。


「んーっ、ここの酒はいつも美味しいね」
「魔法帝様にいってもらえて光栄ね」


チーズに手をつけようとさらに伸ばした。
その瞬間、トン、とユリウスの手が私の指先にぶつかった。


「っ、…」
「おっと、失礼」


大きな手だった。不意に心臓がときめいてしまう。
くそ、なんかむかつく。

そう思ってチーズを片手にお酒を呷った。



:
:



「結婚結婚って、うっさいのよあの馬鹿親父」
「はは、お父様も心配しているんだよ、きっと」
「結婚どころか付き合ってる相手もいないってのに」


いつもよりペースが早い気がする。まぁユリウスが水を飲むみたいに軽々と飲んでいくから、私もつられて早くなっていったんだろう。

ふわふわと頭に熱がこもる。酔ってきたなぁ、と思ってまだ半分入っているコップをテーブルに置いた。


「休憩」
「もう?少し早くないか?」
「あんたの基準に当てはめないで」


水を求めて冷蔵庫に行こうと立ち上がった瞬間、踏み込んだ足にカクンと力が抜け、膝が折れた。


「わっ、」
「おっと」


ドサ、と倒れ込んだ先にはユリウス。両脇の下から持ち上げるように支えられ、体と体が密着した。

…案外、筋肉あるんだ。


「…ごめん、ありがと」
「どういたしまして」


じっと目の前の男を見つめた。座ってるけど私より高い身長。いつの間にこんなにでかくなったのか、あの時はまだ15歳で、ちんちくりんだったのに。


「私の顔に何かついているかな?」
「……おっさんに近づいたなーって思っただけ」


ちんちくりんがこんなにもオトコになるとは、誤算だ。


「**は綺麗になったね」
「っは、?なに、いきなり、」


あと、手、離して。

絡み合う視線が恥ずかしくて、そう言おうとした。
でもそれより先に、ユリウスが私の首元へと手を這わせた。


「っ、ちょっと、なにしてっ、」
「会うたびに綺麗になっていくとはこのことかな?」
「っあ…、〜〜っ、酔いすぎだから、ユリウス…っ!」


指先が唇をかすめた瞬間、ぞわ、と背中に甘い刺激が走った。
まずい、と思ってユリウスの肩を押した。それでもその手を絡め取るようにさらに体を引っ付けてきて、耳元で甘い吐息のような声で私の名前を囁いた。


「**」
「ッ、ユリウスっ、離して…っ、」
「水が飲みたいんだよね?」
「そうだってっ、だから離して…っ」
「飲ませてあげるよ、お水」


その瞬間、ジンのボトルを傾けて、中身をグイッと口に含んだユリウス。なにするの、?と酔った頭が思考と体を停止させた。


「んんっ、!?」


そしてあろうことか、ユリウスは私に口づけをかましてきやがった。

突然のことで頭が働かず、逃げようと体を押したが、後頭部をがっちり捕まれ、片方の手は指を絡め取られてともう何が何だかわからない。


「んっ、んんっ、…っ!」


角度を変えられ何度もなんども唇が合わさる。

息なんてろくにできなくて、唇が離れたわずかな瞬間に口を開けてハッと息を吸った。


「んぐ…っ!?」


なのにその瞬間を待ってたと言わんばかりにユリウスがまた唇を重ねてきた。今度は、唇だけじゃなくて、舌も。


それと同時に流れ込んでくるきついジンのアルコール。ジンのロックは私には無理だ、飲めない、と必死に抵抗したが、やはりユリウスの力には到底かなわない。


流れ込んでくるジンが焼けるように喉を通っていった。昔一度だけロックで飲んだことがあるが、到底常人には飲めるもんじゃなかった。
なのにこいつときたら、水みたいなものなんてほざいて、無理やり飲ませてきやがった。こんな胃すらも焼けるような水があるかっ、


「ん、んくっ、…んっ…」
「ん、…はぁ…」


抵抗むなしく、喉の奥へと流れていくジン。飲みきれなかった一部が唇を出て首へと流れていった。


酸欠で、しかも酔ってて頭ん中もぐしゃぐしゃ。変な熱に体を煽られもう何が何だかわからない。

生理的な涙がぽろ、と溢れた時、ユリウスの熱い視線が私を突き刺した。


「っ!?、ん、ぁっ!」
「…ん、…」


じゅる、と淫らな水音を立てて再び舌が絡み合う。
ねっとりとしたユリウスの舌が粘膜を擦るたびに、ぞくぞくっ、と身体中が喜ぶように甘い刺激を走らせた。


「んっ、ふぅ、…っ」
「…っ、…**、」
「っぁ……ん、」


散々口内を弄ばれ、最後にちゅ、と可愛らしい音を立てて唇が離れた。

ゲホゲホ、と咳き込みながら、力が抜けきって使い物にならなくなった体を立たせようと必死にユリウスにしがみついた。


「**は昔、魔法帝目指していたよね?」
「っ、それがなにっ…、」
「魔法帝にはなれないけど、魔法帝の妻になる気はないかい?」
「は…?」


よいしょ、と力む姿さえ見せず、私をやすやすと姫抱きにしたユリウスが、店のソファーへと私を運んだ。


「なに、言ってるの、ユリウス、酔ってるでしょ、」
「私が酔った姿、見たことがあるかい?」
「っま、まって、まって、意味わかんない、むりだよ、そんなの、」


なに?妻?なにそれ。もうわけわかんない。そんなの、普通に考えて無理に決まってる。

ギシ、とソファーに沈みこまされ、ユリウスが両腕で囲うように顔の横に手をついた。


「観念してくれないか?**」
「すっ、するか、ばかっ、!意味不明すぎっんん、!」


っ、あぁ、だめだ。また、あついキス。

もう抵抗する力のかけらも残ってなくて、ただユリウスにされるがままだ。このキスをされたら、もう何にもできなくなる。


「ん、…**、」
「ぅ、あ、…な…に、」
「好きだよ、愛してる」


だめだ、もう、私の負けだ。


「結婚しようか」


本当に愛しそうな目で見つめられ、逃げられるわけないじゃないか。顔に添えられた手に私のを重ねた。


「まずは、付き合うとこから、でしょーが、…順序守れ、ばか」
「はは、それもそうだね」


再三降ってくる唇に、今度は自ら首に手を回した。



ルノワールを指でおう
(順序を守ったら、キスの次のことをしようか)
(っは!?あっ、待ってどこに手、いれて、ひゃっ!)