普通科所属、超体育会系無個性ガール
彼女は、たった1試合でA組の…いや、ヒーロー科の脅威となった。
「彼女は、何者だ…?」
線を超えて地面に背中をつけたのは芦戸さん。苦しそうに咳をしているその彼女の前で、1人涼しそうに髪をかき上げるあの子はインゲニウムの事務所に入りたいと飯田くんの前で宣言した普通科の女の子だった。
「あの芦戸さんが…」
「あの子って普通科だよね?ヒーロー科を倒すってヤバくない?」
「それより見たかよあの背負い投げ!めちゃくちゃ派手だったよな!」
勝者である彼女の名前を告げられた瞬間湧き上がる会場。しかしヒーロー科は穏やかでない。特に個性も使わず、普通科の女の子がヒーロー科を倒したのだから。
颯爽とフィールドから立ち去る少女は、自分のクラスなのだろうか、C組に向かってピースマークを向けていた。
「最高!!かっこいいー!!」
「いえーい!ありがとー!」
半袖をさらに肩に捲り上げ、ズボンの裾を折ってた格好の彼女は駆け足で自分のクラスに戻っていった。
「芦戸に触ってたのになんでなんともねェんだ?」
「芦戸さん、触れられた瞬間驚いた表情してたね」
「個性、使えなかったのか?」
そう告げた上鳴くんに、きっとクラスメイトはみんなある人を思い浮かべただろう。僕たちの担任の、無効化の個性の先生を。
「いったー…」
「あ!芦戸!」
「大丈夫か?」
「女の子に背負い投げなんて初めてされたよ〜」
そう腰をさすりながら眉を下げてやってきた芦戸さん。大丈夫?とクラスメイトが駆け寄った中心で、彼女は恐る恐ると言ったように口を開いた。
「あの普通科の子、どうだったの?」
「…あの子、もしかしたら無効化の個性かもしれない…」
「無効化って…相澤先生と同じ…?」
「個性全然使えなかったし、掴まれた瞬間どうにもできなかったっ」
「どうにもできないって?」
「なんだろ、めっちゃ強い格闘家と戦ったみたいな!」
「どんなだよ」
芦戸さんの腕を掴んだ彼女は、そのまま流れるように足を引っ掛けては背負い投げを一本取ったのだ。芦戸さんも運動神経悪くないし、対人格闘技もそこまで弱いわけではないけど、あの彼女の一本背負いは只者じゃない手練れ感があった。
もしかしたら、かなりの柔道の使い手なのかもしれない。
「次当たる時は覚悟しとかないと、あの子強いよ」
「普通科なのになぁ」
「柔道やってるとか?」
「じゃあなんでヒーロー科志望じゃないんだろ?」
「……飯田くん、」
「あぁ、わかっている。」
僕たちは、彼女を知っている。
インゲニウムに憧れを抱く、ヒーローになることが夢の女の子。
軽快に挨拶をする彼女の声が耳に入った。普通科の快挙というのも相まってか、C組がとても賑やかだ。
「おつかれー!」
「チョーかっこよかった!」
「ありがとー!勝ったよ〜!」
「お前ら二人は普通科の星だな!」
「だってさ、心操!」
「…俺、負けたけど」
「あ、忘れてた」
そんな賑やかなC組をじっと見つめていたのかもしれない。芦戸さんに勝利した女の子が、気がついたようにこっちを向いて、そして僕たちを見つめていた。
その瞬間、常闇くんが顔をしかめた。
彼女の視線は常闇くんに向いていたのかもしれない。
「………」
「!」
彼女は、笑った。そして少し首をあげては、親指を立てた。
「……ぁあ?」
「……宣戦布告か」
ビシッと手で首を横切った仕草に殺気立ったかっちゃんと冷静な常闇くん。うわぁ、と苦笑いをするクラスのみんなに例の彼女はくるりと振り返って何事もなかったかのようにクラスメイトと笑っていた。