▽矛盾


チクタクチクタク。
時計の針の秒を刻む音が辺りに響く。
チクタクチクタク。
静まり返っているこの部屋には丁度良いリズムの音だ。

私は現在上司である折原臨也の仕事部屋できっちりと仕事をこなしている。
波江さんはもう帰ってしまったし、折原さんは池袋へと仕事に行ってしまったので、今は私一人だ。
本来なら私ももう帰っている時間帯だ。
でも折原さんは何故かそれを許すまい、と言わんばかりに何時もの倍に私に仕事をくれた。
正に有り難迷惑だ。
机の隣に置いてある資料の山を見て、深く溜息をつく。

絶対これ終わらないよなぁ…。
今日中って言われてるけど確実に今日中とか無理。
明日までならまだわかるが、流石に今日中は無理。
だって半日やってやっと半分という量。
え、何これ。私に対する虐め?いや、嫌がらせだよね。

今日が終わるまで後二時間。
仕事の期限が終わるまで後二時間。
はい、無理。絶対無理ー。
だって半分ちょいしか出来てないし。あー、ヤダヤダ。
これだから折原さんは嫌いなのだ。
まぁ、元々折原さんは嫌いだが。
あの貼り付けた笑み、人を探るような目。
そして折原さんが得意とする、人ラブな正格。
あの笑みが苦手だ。
何を考えているのか全くわからない。
でも、それでも私はそんな折原さんの助手してる。
理由は簡単。
ただ単に折原さんと一緒に居たいから。
折原さんを苦手としても、嫌いとしてでも、何となく折原さんの隣が居心地良いから。

彼は私を駒として見ているかもしれない。
否、駒として見ている。
実際そういう体験はしたことはないが、彼はそういう人間だ。
人間を駒として扱い、自分の快感を求めるがままに人間を苦しめ、狂わせ、そして壊す。
それを私は何度も何度もこの目で見てきた。
今思い返してみればどうして私は助けてあげなかったのだろうかと不思議に思う。
隙あらばきっとその人を私は助けてあげれただろう。
折原臨也という人に逆らうと怖いから?
折原臨也に嫌われたくないから?
いいや、違う。
きっと私はその道を、折原臨也に頼るという道を選んだその人自身の運命だと思ったからだ。
その人の選んだ道だから私は何も言わずにただ傍観してたんだ。

あぁ、私も狂ってるみたいだ。
まぁ……仕方がないよね。
だって私は折原臨也と言う非道な人間の助手だもん。
上司が上司なら助手も助手。
よく聞く言葉だよね。
我ながら反吐が出る。
何で私はあの人の隣が心地良いって感じてるんだろう。
大嫌いなのに。
でも一つだけ分かることがある。
それは恋心ではないということだ。
寧ろこんな矛盾した恋心何か有り得ない。
本当…何なんだろう。
それを自問してみるが、答えは何も出てこず、ただ疑問が頭の中で渦巻くだけだった。

時計を見ると時計の針はもう23時30分。
もうすぐでタイムオーバーだ。
でもここで諦める私ではないので、出来るだけやろうとせかせかと手を動かす。
すると、玄関の方からガチャッという音が聞こえた。
きっと折原さんだろう。こんな遅くまで一体何をしていたのだか。



「ただいまー…ってあれ。名前ちゃんまだ居たの?あ、まさか俺待っててくれたとか?」


「違います。寧ろ折原さんの所為何ですけど」


「あははっ、分かってるって。ごめんごめん、そんな怒らないで」


「ならこの仕事の量減らしてくださいよ。何で波江さんだけ何時も通りで私だけこんなに仕事の量多いんですか!不平等です。あ、でも波江さんがこれで負担かからないならまだいいかな…」


「…本当、名前ちゃんって波江好きだよね」


「まぁ、ブラコンなところ以外全て理想の女性って感じだから憧れ何ですよね、波江さんって」


「へー」



特に興味もなさそうに軽く返事を返した折原さんは着ていた愛着のファーコートを脱いで、私のところに近付いてきた。
しかし私はそれを気にせずに黙々と仕事に取り掛かる。
量は矢張り中々減らない。今日は徹夜になりそうだ。
はぁ、と小さく溜息をしたと同時に背中から肩に重みを感じた。
思わず眉間に皺を寄せる。



「折原さん重いです。邪魔です。仕事妨害です」


「んー、気にしないで。それより後15分で今日終わるけど仕事終わらないねぇ。大丈夫?」


「全然。同情するならもう帰って寝ていいですか。眠いです」


「だーめ。あ、なら俺と一緒に寝る?」


「よーし、元気出た。もうちょっと頑張ろっかなー」



そう言うと折原さんはひどっ、と笑いながらまた私の背中に自身の体重を預ける。
酷いのはどっちなんだか。



「ねー名前ちゃん。名前ちゃんって俺のこと嫌い?」


「はい、全力で」


「うわっ、即答。俺名前ちゃんのこと好きなのになぁ」


「それは人間だからでしょう?本当折原さんって嫌われ者ですよね。友達居ないし」


「…それは関係ないんじゃないかな」


「あははー。人間関係は大切ですよ」


「人間関係なら名前ちゃんよりずっと良いと思うけどなぁ」


「悪い意味ででしょう」



苦笑いを零しながら手を動かす。
やっと後少しってくらいの量まで出来た。
やっぱり手は休めず進めておくべきだ。
ふぅ、と息を吐いて時計を見た。
現在24時15分。
まぁ、予想内だったから特に何も思わない。
一旦休もうと肩に乗っかっている折原さんを退かして台所へと向かった。



「そういえばさ、今日何で名前ちゃんだけ仕事の量多かったか気になる?」


「………まぁ、それなりに」



視線は冷蔵庫に向けたまま口を開いた。
冷蔵庫の扉を開いて、中から私が好きなカフェオレをとりだし、コップに入れて再びコの字になっているソファーに戻った。
すると、何の迷いもなく隣に折原さんがどかっと座り、私を見る。
チラッと横目で見ると、その顔は何時ものニヤニヤとした私が苦手とする笑みを浮かべていた。



「……やっぱいいです。特に興味ありません」


「またまたぁ。俺は帰ってきたらただ癒やしが欲しいなーと思って名前ちゃんにわざと仕事量を増やしてこんな時間帯まで居て貰ったんだよ」


「さり気なく言いましたよね。ってか癒やしって…。それ、嘘ですよね」


「本当だって。こんな風な気持ちになる時だって誰にでもあるでしょ」


「まぁ、あるかもですが、私に癒やしを求めるのは間違ってますよ。私癒やす程の天然キャラって訳でもってないですし」


「そりゃ正論だ」



なら何で私に癒やしを求めようとした。
若干イラッときたが、そこを何とか抑えてカフェオレを口に含む。
カフェオレの味が口の中に広がって、その甘さに私は落ち着きを取り戻す。
再び残った仕事を片付けてしまおうとペンに手を近付けた。
が、そこで折原さんが私の手首を掴んできた。



「……何ですか」


「仕事、もう終わっていいよ」


「えー…でも後少しですし」


「じゃあ、上司命令。それなら良いでしょ?」


「………わかりました」



了承すると、折原さんは私の手首を離し、私の肩に頭を預けてきた。
背中の次は肩か。



「眠いんだったら自室に行ってください。私、もう帰るんで」


「ヤだ。眠い。今日は名前ちゃんもここで泊まっていけば?電車ももう走ってないし一石二鳥じゃん。じゃあ、おやすみー」



私が返事を返す前に私の肩に頭を乗っけた上司は直ぐに眠りへとついた。
そのまま一生眠っていればいいのに。
呆気に取られて、どうしようかと迷う。
まぁ、確かに電車も走ってないし、もうこんな時間帯だ。
今日ぐらいは良い、かな。
そっと自身の頭を折原さんの頭の上に置いて、私はゆっくりと目を瞑った。



(あぁ、きっと私はこうやって折原さんと話したり、馬鹿したりして過ごす時間が好きなんだろう)



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