▽君に一歩


今、目の前にあまり見慣れないが、偶に視界に入る奴がいる。
いや、ただ興味本位で俺が話かけてみただけだけど。

そいつは何時も女子と話しており、俺ら男子とは殆ど話したことがない、と思う。
偶に視界に入ったら基本女子と和気藹々と楽しそうに話しており、男子とはプリントの受け渡しの時に頭を下げるだけ。
ただ俺が男子と話しているところを偶々見たことがないだけかもしれないが。
とはいえ本当に話していないのだ。
中学生だし、そんな奴は珍しいと思う。
中学生といえばまだ男女は異性どうし仲が悪いと言えば悪いのかもしれないけど、基本的に話し合うし、何かなければ仲は良いと思う。
だから俺はこいつが気になった。
世の中にはそんな奴もいるんだなぁ、とか最初は特にこれっぽっちも気にしてなかったけど、同じ班(授業中に四人グループになる班)になって意識してきた。
何故かというと、こいつ、同じ班になっても女子としか話さねぇ。まじで。
流石に同じ班になったからには笑いあったりは当然するもんだろうと思っていた。
けど、こいてはしぶといことに違うらしい。
俺とかもう一人の男子が話しかけても「はぁ、」とか「そうですね」としか話さない。
他は女子とだけ。
もう一人の男子も口元が引きつってる。

これは流石に吃驚した。
吃驚しすぎて口があんぐり。
まさに開いた口が塞がらない状態だ。
だって俺にとって女子ってのはイケメンな奴にはただ媚びを売るだけのやつかと思っていたから。
現にグループ活動ではもう一人の女子はあいつとの会話が終わったら俺にべったりだ。
あいつはどう思って俺ら男子に話さないんだろう。
気になる。
だから、話しかけてみた。
そして没頭へ戻る、が。


「……」

「……」


ただ沈黙が流れるだけだった。
今は放課後。
部活が終わって教室に弁当箱を忘れたから取りに来たら偶々こいつ、苗字が一人だけ教室に居た。
苗字は昼寝をしていたらしく、俺が教室に入った時は寝ていた。
机にうつ伏せて、顔を腕にうずくめて窓の方に顔を向けていたが、俺の足音に気付いたのかすぐさま起きてこちらを見た。
すると顔が歪んだのがわかる。
勿論俺じゃなくてあいつ。

何でんな嫌な顔するんだよ。
意味わかんねぇ。
俺、何もしてねぇのに。
眉間に皺を寄せるのを見て俺も眉間に皺を寄せた。
別に、俺が悪いわけじゃねぇ。
あいつから俺を拒否ってきたからだ。
じっと苗字を見ていると苗字は俺から顔を背け、手に鞄を取り、帰ろうとした。
がたりと椅子から立ち上がり、俺が入ってきた入り口とは反対側の入り口から出て行くらしい。
その態度にまたいらっときて俺は「おい」と呼び止めた。
何?と言ってくると思ったが、期待していた俺が馬鹿だった。
矢張りあいつは何も喋らず、此方に顔を向けて俺の言葉に待っている。
文句を言ってやろうと思ったけど、いざとなったら中々言えない。
呼び掛けてから後悔。
どう言葉をかけていいか迷っていたら先にあいつが行動した。
行動したっていうか帰ろうとした。
俺に一言も告げず。
さらに腹が立った。
何で、シカトなんだよ。
まじ意味わかんねぇ。
体が勝手に動く。
誰も居ない廊下にあいつが出ると、俺も急いで出てあいつの腕を掴む。


「おい。無視すんなよ」


次は言葉が出てきた。
今は苛立ちしかない。
怒りに任せて喋るのもどうかと思うが、今はそれどころではない。
苗字は此方に顔を向けて、また顔を歪めていた。
けど、どことなく怯えているような。
いや、こいつに限ってそれはないだろう。
いつも男子を嫌悪しているのに怯えるなんて。
………………怯える?
まさか、まさか。
…いや、きっと違うだろう。
怯えるどころかかなり顔歪めているのだから。
真実が知りたく俺はやっとの思いで口を開いた。


「っ、お前!何で何時もんな嫌そうな顔すんだよぃ!見てるこっちまで腹立つんだよ!」


そう言うと歪めていた顔はどこか悲しそうな顔になった。
眉は下がり、眉間に寄っていた皺はなくなっていた。


「…ごめん、なさい」


何故か心が痛くなる。
本当に申し訳なさそうな顔。
目には少しだけ、10人中8人がわかるか否かぐらいに涙が溜まっている。
いや、俺は、悪くなんか…ねぇよぃ。
けど、俺が責めたみたいで何か嫌な気分だ。
ちょっとだけ苗字に視界を逸らしてまた視界を向けた。
そしてぎゅっと両手で苗字の腕を掴んだ。
苗字は驚いたのか目を丸くしたが俺は気にせず、苗字の目を真っ直ぐと見る。


「…ごめん。ついカッとなった。俺、お前が何で男子と話さないのかめっちゃ気になってよぃ…。だから話し掛けたんだけどついいらってきて…。本当すまねぇ!」

「大、丈夫。だから、あの、腕」

「だから、理由話してくれよぃ!俺、本当に気になんだ。何でお前が男子と話さねーのか」


そう言ったら苗字の顔が強張った気がした。
地雷か?と思ったら瞬時に払われる腕。
何があったのか一瞬わからなくて、よく見たら苗字が俺の手を振り払っていた。


「何す、」

「これが、理由、です」


意味がわからない。
そんな顔をしてると苦笑いされた。


「…じゃ」


そう告げて再び足を進めた苗字。
これが、理由…?
余計意味がわかんねぇ。
何だそれ。
明らかに拒否してんじゃねぇか。
納得いかねぇ。


「待てよぃ!これが理由って何だよ!意味わかんねぇ!」

「だからっ!近づかないで!」

「!」


あまりにも必死な苗字につい体を固まらせた。
掴もうとした手は空回りし、宛てもなくぶら下がる。


「……言いたくないんですけど、私、男子が苦手…というか嫌い……なんで、す」

「……」

「嫌いと言うか、怖いというか。丸井さんに非があるとかじゃなくて、昔から本当に精神的に無理、で。……………兎に角ごめんなさい」


今度こそ足を止まらせず、歩きだす。
少し小走りで、早くこの場から去りたいらしい。
俺はそんな苗字の背中を見つめて、呆然と立っていた。
苦手?嫌い?怖い?
…そう思っていながらいつも俺らを避けていたのか?
なら、いつも話し掛けられていた時は内心はかなりビクついてたってことかよぃ…。
ぐっと唇を噛み締め、足を大きく一歩踏み出した。
踏み出す度にスピードを早ませ、苗字に追いつく。
追いかけてきた俺に目を丸くしながら苗字は顔を此方に向けた。
俺は再び腕を掴み、進ませるのを止めさせる。
次は払われないようにしっかりと。


「なら!俺が、お前を!お前の男嫌いを治す!」

「…は」

「嫌いなら好きになればいいんだよぃ!俺がお前のそれを治すから!お前は俺を使って治せ!」


勢いきって言い切った言葉は静かに廊下に響いた。
にっ、と笑ってみせれば、苗字は目をぱちくりとして小さく笑った。


「……ありがとう。努力、するね」


その笑顔に心が暖かくなった。
最初は嫌悪感だけだったけど、今、俺に見せる笑顔はとても心がほっこりと温まる。
嫌悪感なんて何一つない。

初めて見たその笑顔に一歩進めたと何故か喜ぶ。
その気持ちに気付くのはもう少し先のこと。


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