「春巳! 帰ろうぜ!」
「おー」

HRのチャイムが鳴り終わると共に隣のクラスの燐がやってきた。こいつは来るのは遅いくせに帰るのはやけに早い。今朝も遅刻してきたし。まあ俺も似たようなもんだけど。

「今日も来る?」

通りの少ない歩道を歩きながら燐に聞いた。燐の住む協会はご近所さんだ。俺の家の方が学校に少しだけ近いから、大体燐は放課後は俺んちで一緒にゲームをして、夕飯を食べたり食べなかったりしてから帰っている。

「ん、やー……今日は俺の家!」
「ほほう、さてはすき焼きだな」
「春巳も食ってくか?」
「いいの? 食う」
「おっしゃ! 気合い入れて作る!」
「燐の作るもんは全部うまいからなあ」

お世辞無しでうまい。燐はよく俺の家で飯を作ってくれるが、俺の胃袋はもう燐の料理がないと生きていけないくらいに掴まれている。

「うはは! 春巳は料理からっきしだよな」
「知ってるか、最近のカップラーメンって種類豊富なんだぜ」
「せめて惣菜食えよ……」
「店まで足を運ぶのかったるい」
「カップラーメンだけじゃ死ぬぞ」
「え? 死ぬの?」
「死にそうじゃね?」
「確かに塩分とかコレステロールとかやばそ……高血圧症で死ぬかも」
「こうけつあつ……?」
「バカに難しい言葉使ってごめん」
「こ、こうけつあつしょーくらい知ってるぞ! 死ぬんだろ!」
「や、死なない」
「死なねーの?」
「燐が嫁に来るから平気」
「なるほど」

てくてくてくてく。

「は?」
「ん?」
「よっ! よよよよ、嫁って、は!?」
「動揺しすぎじゃね」

笑いながら燐を見ると目が合って、燐は真っ赤になって固まった。おもろい。




○ ○ ○




「おじゃましまーす」
「親父たちまだ協会の方にいるから」
「なら夕飯のとき挨拶するわ」
「おー」

廊下から階段を上がり、燐の部屋に入った瞬間にベッドへダイブ。お互いの自室に入室するときの恒例だ。儀式と言ってもいい。燐のベッドは大体いつもおひさまの香りがする。ファブったのかリセったのか。ちなみに俺のベッドはフィンランドリーフの香りがするらしい。嗅いだだけで芳香剤の種類を当てるとはさすがだ。でもたぶんフィンランドがどこかは分かっていない。

「すうー」
「あんま嗅ぐな」
「あれ、朝勃ちした?」
「はっ!? なんで分かんだよ!?」
「嗅いでみ」

燐がおそるおそる近寄ってきて、布団に鼻を寄せたところをすかさずヘッドハンティング。

「うぉあ!」
「うそー、匂いなんてしません」
「だまされた……!」

燐の頭をわしゃわしゃ掻き回してから身を起こす。燐の頭はポスンと布団の上に落ちた。

さて、今日は何をするかな。俺の部屋にはゲームが転がっているが燐の部屋には漫画が散らばっている。お、ジャンプの最新刊発見。ちょうど足元にあったので拾ってぱらぱらと流し読みした。どこにどの話があるか確認するためだ。

「さっきの……よ、よめってさ」
「んー」

よめ、読め、嫁? 燐の声がくぐもっている。頭を埋めたままなのだろう。苦しくないのだろうかと考えながら巻頭カラーのページを開けば、色彩豊かなイラストが目に飛び込んできた。

「アレ、男に言うことじゃねーだろぉ……」
「愛の形は人の数だけあるってばっちゃが言ってた」
「お前んちバアさんいねーだろ」
「そうだった」
「……もしもの話だけどな」
「うん」
「本当にそーなったら、お前うれしいか?」
「そうなったらって?」
「や、だから俺が……その……」

ジャンプは前から順番に読む派だ。ぱらりとページを捲る。

「やっぱなんでも、」
「燐って頭よくないよな」
「は??????」
「俺は成績いいだろ?」
「何言ってんだ?」
「お前コミュニケーション能力高いだろ?」
「お、おー……?」
「俺は人見知りなんだ」
「まあ……そう、だな」
「燐は料理以外は大雑把だ、あと部屋が汚い」
「お? ケンカ売ってんのか?」
「俺は効率が良いってよく褒められる、あと部屋が綺麗」
「汚い方が落ち着くんだよ俺は!」
「燐は料理ができる、俺はできない」
「……おう」
「分かる?」
「なにが?」
「お前と俺、相性ピッタリだよ」

悪魔の血を引く主人公が刺客を倒した瞬間に俺は上から押し倒された。布団にぼすんと後頭部が埋まる。見上げる燐の頭は俺のせいでぼさぼさで、顔はなぜか真剣だった。やばいな、漫画に集中してて何を言ったかよく覚えてない。適当なことを言って怒らせただろうか。

「燐?」

名を呼ぶと燐はぎゅっと顔を顰めた。やはりお怒りか。謝ろうと思ったがすぐにやめた。分かってないまま謝るのは火に油を注ぐ行為だ。だからって何に怒ってるのかこの場で聞くのもデリカシーがないだろう。下手に口を開けない。とりあえず大人しく怒られよう。

「春巳……!」

燐が口を開いた。さて、語彙力の乏しい燐からどんな罵詈雑言が飛び出してくることやら。思えば友達になってから一度も喧嘩したことはない。もしこのまま喧嘩になったら俺は燐に勝てないだろう。腕力的な意味でもそうだが、俺は燐に手を上げられない。ぶっちゃけ顔が好みだからだ。あと精神的にも純粋な燐に嫌われるのは相当キツい。あとで謝って許してもらおう。

「ミャクがあるってことで、いいんだよな?」

ぼそりと呟く燐。どういう意味だろう。理解の追いつく前に燐の顔が近付いてきて、俺の唇に

「春巳、俺……」


「燐ー! 今夜はすき焼きだぞー! 手伝え!」


俺に伸し掛る燐の体越しにドアの方を見る。体勢のせいで首が辛い。突然の訪問者は燐の親父さんの獅郎さんだった。

「どうも、お邪魔してます」

早々に首が限界を迎えたので言い切ってからぽすりと頭を落とす。一瞬しか見えなかったが獅郎さんは目を見開いて口を抑えていた。

「えーと、邪魔したな……すき焼きはこっちで支度しとくからお前らはごゆっくり〜……」

パタンとドアが閉まる。次の瞬間に廊下から大声が聞こえてきた。

「聞けお前らぁー! 燐がやっと春巳とくっついたぜぇー!」
「マジ!? おめでとう燐ー!」
「初恋は叶わないとか言ってごめんな!」
「にゃはは! 今日はパーティーだ!」

「この……クソ親父ぃぃぃぃぃ!!!!」

燐は叫びながら部屋を飛び出してしまった。俺は一人燐の部屋に取り残された。あ、天井に猫みたいな模様。




○ ○ ○




「今日は息子の初恋人祝いだ!」

「「「うぇーい!!」」」

かんぱーい、と周囲の人とグラスを交わし合うのに俺も混ざる。俺と燐だけお誕生日席だ。なんだか申し訳なさそうな燐のグラスに縁を付けると燐は訝しげな顔をした。

お節介な協会のおっさんたちは俺たちに興味津々でいろいろ質問してきたが、「どうだったっけ」と惚けたり適当に躱しているうちにおっさんたちの方が勝手に盛り上がってきて、最終的にお祝いの趣旨を無くしていた。酔っ払いは扱いやすい。

「いつ付き合ったんだ? どこまでいった?」

ただ獅郎さんだけは酒に溺れれば溺れるほどしつこく絡んできた。俺の叔父さんがこのノリだ。親戚の集まりでは叔父さんにどうにかして酒を飲ませないのが暗黙の了解だった。

「キスはしたんだろ? さっき押し倒してたよな? どっちが上? なあー教えろよぉー」
「だーっ! うるせーこの酔っ払い! 春巳が困ってんだろうが!」
「ほぉ〜? もう彼氏面かぁ燐〜?」
「う、うぜぇ……!」
「春巳〜! 結婚するならウチに住めよ〜!」
「酒くせーよ! 離せ!」

手を伸ばして縋ってくる獅郎さんを避けながらこちらをチラ見する燐の気持ちはすげえ分かる。身内の恥を晒してる気分だよな。わかるわかる。

「獅郎さん、もう一杯どうですか」
「おっ、さんきゅ〜」
「お、おい、春巳……」
「ただの水だよ」

こっそり燐に耳打ちした。俺の注いだ水を仰ぐ獅郎さんを確認した燐が、神妙な目付きで俺を見る。

「春巳、否定しなくていいのかよ。親父たち本気にしてるぞ」
「あー、それは困る」

自分で言ったくせに燐は傷付いたような顔をした。こうやって考えることがすぐ表情や態度に出るところもおもしろい。

「だって俺は燐を娶る側だもん」
「……またお前はそーゆーことを……」

呆れた燐の薄い唇に唇を重ねる。男のはどうかと思ったがやっぱり顔が好みだからか全然嫌悪感はない。口が開いた隙に八重歯を舐めて顔を離した。

「どう、信じてもらえる?」

燐は口を開けたまま俺をガン見していた。俺はにこりと笑ってやる。真っ赤だった燐の頭からボンッと湯気が出て燐はゆでダコみたいになった。俺の笑顔が好きなんだもんな、お前。

「ヒューーッ!」
「やるなあ春巳!」
「なはは、燐貰ってっていいぞー!」
「仲は認める! だが息子はやらん!」
「婿に来いよ春巳!」
「いいですね。毎晩みんなでスマブラできるし」
「ゲームかよ!」

またみんなで盛り上がり始めた。これだから酔っ払いは扱いやすい。

「春巳……」

燐が熱に浮かれたような視線で俺を見てくる。いつもの無邪気さはどこへ行ったのやら。こいつを宥めるまで今夜は家に帰れなさそうだ。


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