7.関係のない話だと思ってた


『悪魔薬学小テスト 奥村燐 2点』


「ばば、ばかな……お前みてーな見た目の奴が98点とれるはずが……常識的に考えてありえねーよ」
「なんやと…!? 俺はな、祓魔師の資格得る為に本気で塾に勉強しに来たんや!!」

『今日最高に笑いました☆☆☆』

「塾におんのはみんな真面目に祓魔師目指してはる人だけや! お前みたいな意識の低い奴、目ざわりやから早よ出ていけ!!」
「な…なんの権限で言ってんだこのトサカ!! 俺だってこれでも一応目指してんだよ!」
「お前が授業まともに受けとるとこ見たことないし! いっっつも寝とるやんか!!」
「お、俺は実戦派なんだ!」

『それで、彼の様子は?』

朔はゆらりと頭を持ち上げ、怒り心頭の勝呂と勝呂に掴みかかる寸前の燐を見る。机下のスマホに視線を戻した。

『変わりない』
『そうですか。んー、てっきりそろそろ勝呂竜二と口喧嘩でもしてるものかと思ったのですが』

落ちる、と打とうとしていた朔の指が止まる。気を取り戻し、慣れない手つきでタップする間にぽこん、と次の吹き出しが現れた。仕方なしに三文字を削除して文を読む。

『で、朔の点数は?』
『、』
『おっと、聞く意味ありませんでしたね! フリック入力すら面倒がるそんな朔が今日もかわいい!』
『』
『落』
『え!? もっとお話ししましょうよ!』
『私を捨てないで〜☆』
『あれ、』
『既読つかない』

午前の報告終了。真っ直ぐ向かってくる足音に朔はスマホを切り鞄の中へと滑り込ませた。開いた跡のない教科書に影が落ちる。

「ちぇ、雪男までアイツの味方しやがって……。なあ、朔はどうだった?」

見上げたそこには唇を尖らせた燐。彼とは何度か手紙のやり取りをしていたものの、こうして実際に対面するのは2度目である。

感慨深い、と朔は思った。同時に彼の意識の中に自らが入っていたことに、疑問と感じざるをえない。

朔は知らず燐を見つめていた。視線の先の彼は「ん?」と頭を傾けたので、目を伏せて首を横に振る。

「お前、渡されるとき雪男に『おめでとうございます』って言われてたろ。どんだけいい点数だったのかと思って。勝呂より上? 下?」

ほれほれ見せてみろ、と燐は興味半分、からかい半分で朔のテストを覗きこもうとしてくる。監視対象に必要以上に関わられるのはどうかと寸時考えはしたものの、朔は素直に手の中の紙を机の上に広げることにした。断ることで問答が長引く方が面倒だと結論付けて。

うきうきしながらテスト用紙の右上を視認した燐。瞬間、目がカッと見開き、その口がぱくぱくと開閉を繰り返し、ぽかんと開いて止まる。聞き耳を立てていた勝呂は燐の後ろから見えた点数にげえ、と声を上げた。

「満点やないか……寝とるクセによう採れるもんや」
「あれ、神代さんには噛みつかないんですね?」
「賢明な判断や坊」
「女子に怒鳴るんは男として駄目やろ」
「お、さすがの男前ですわ」
「神代さんに怒鳴ると俺が黙ってないですよ!」
「それに俺と同じ特進Aクラスやから頭良いのは知ってたわ。学校でもぐーすか寝とるけどな」
「神代さんって頭ええんやね」
「……普通」

「クソッ! 俺も女神と同じクラスが良かった……っ!」

「……なあ坊、やっぱり最近の志摩さんちょっとおかしくないですか?」
「……俺も今同じこと思ったわ」

「神代、志摩になんかしたか?」問われた朔は記憶を探り、首を振る。彼とは入塾前に一度話したきりだ。そのときも職員室に案内してもらっただけで、特に変わったやりとりはしていない。

――それにしても。原作を読んだときには軽薄で女好き、かつ楽観主義者という印象だったので、この世界で実際に話してみると女性に紳士的で、話す相手に合わせたコミュニケーションを取るような志摩廉造には驚いた。彼との初コンタクトが脳裏に蘇り、ひとつ気がかりなことがあったと、朔は「あ、」と声を上げる。

「泣いた」

つい言ってから、慌てて―――周囲の人間から見れば彼女が慌てているとは到底思いもしないような速度で―――口を塞いだ。言ってよかったのだろうか。志摩は朔の仕草にときめく胸を抑え、勝呂と子猫丸は大げさなほどに顎を落としている。

「な、泣いた!?」
「志摩さんが!?」
「なんで!? 嘘やろ……!?」
「まったく信じられへん……」
「神代、それほんまか……? 見間違いとちゃう……?」
「えっなんで俺こんなに驚かれてるんです???」
「普段の自分を見直してみろ」
「志摩さんこそ、なんで泣いてはったんです?」

「……むり」

「は?」
「無理や……神代さんの前でなんて……」
「……はァ??」
「もうはずかしくて言えないわ……勘忍して……」
「ええ……じ、重症や……」
「やばいわコイツ……前からヤバそうな奴と思っとったけど、ほんまにヤバい所までいきおった……」
「本人には無理ですけど……ちょっと、子猫さん耳貸してな」
「はいはい」
「神代に知られなければ大丈夫ってことか」

声を潜めて言った勝呂から視線を送られ、状況が読めない朔はこてんと小首を傾げる。志摩が顔を両手で抑えてンンン、と唸った。子猫丸と勝呂がドン引いた。ごほん、志摩がわざとらしい咳払いで気を取り直す。

「で、子猫さん、あのな……」
「はいはい」
「……でな、」
「ほう……」
「……ってことや」
「なるほど……」
「おん……」

「女神が尊すぎた為の嬉し泣きだそうですね」
「子猫さんんんんんんんん!!?!?」

「はい?」
「はいィ!?!!?」

「朔!! お前頭良かったのかよ!!?!」

「えっ???奥村その時差なん????」
「裏切り者ぉぉぉ!!!」

燐が叫んで教室を出ていった。ぼうっとしていたしえみもハッと目を覚ますと、あたふたとそのあとを追っていったようだ。

友人の裏切りにそれどころではない志摩は、椅子の上でうたた寝に揺れる朔を何度も振り向き悶えながら子猫丸を問いつめる。
子猫丸としては、志摩の内緒話は内緒にするべきことでもなんでもない上に、そもそも朔への過剰反応は当人含めクラスの誰もが知るところであるため口に出してもさほど問題はないと判断した次第であった。
故に、きょとん、と青い顔の志摩を見つめる。

――子猫丸に悪気はなかった。以前、寮の共同冷蔵庫にわざわざ名前を書いて入れて置いたちょっとお高めの杏仁豆腐を志摩に勝手に食べられたことを、根に持っているわけではなかった。決して。

「ところで志摩さん」
「……なんですか子猫さん」
「女神って誰のことでしたっけ?」
「そりゃ神代さ、ッて言わさんで!? あっぶな!? 本人ここにいるやろ!?」
「今のは普通にアウトだと思いますが……」
「というかもう居ないで。神代」
「え」

振り向いたそこは既に空席であり、椅子の上に置かれた学生鞄が主の不在を知らせていた。志摩がガックリと肩を落とす。

「流れで一緒にお昼食べようと思ったのに……」
「いま一緒にお昼食べられる流れありました……?」
「メンタル図太すぎるわ」
「だって、……、はあ……」
「ほらほら志摩さん、午後最初は体育ですよ。着替える時間もあるんだから早く行きましょう」
「おん……」
「時間心配やし先に着替えるか?」
「そうですね。誰もいないしここで」

3人はごそごそと体育着と弁当を用意し始めた。ズボンを履き替えて、制服のシャツを脱ぎ体育着のTシャツに袖を通し、ずぼ、と襟から顔を出した志摩が口を開く。

「よっしゃ。次は絶対誘う」
「はっ、懲りないなぁ」
「それでこそ志摩さんやね」



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