3.境界


――温かい。

視界の奥で青い火花が散った。暗闇から逃れるように、獅郎は薄らと重たい瞼を押し開く。ぼやける視界に映ったのは、見慣れた短い黒髪と、そこに灯る青い炎。

彼は自分の努力が報われなかったことを知った。
息子に刀を抜かせてしまったのだ。悪魔の力を目覚めさせてしまったのだ。人の生を、最後まで歩ませてやることができなかったのだ。

けれど、不思議と悲観していない自分がいた。むしろ息子の成長を喜ぶ気持ちの方が強いし、その感傷にずっと、長く浸っていたい。だから獅郎は目を閉じる。満足したまま、終わりたいのだ。

青い炎の中で、少年は泣いていた。




「――」

微かな振動に獅郎の眠りは妨げられた。
瞼と瞼の境目に見える燐は、床に倒れているようだ。
心配はしなかった。
名前を呼ばれた気がしたから。
視界は定まらず、両耳も殆どその意味を成していなくても、そこには彼女の気配があったから。

「ごめんね」

彼女はなんと言ったのだろう。獅郎が聞いたのは音とも言えない朧気なものだったが、その表情には見覚えがあるような気がした。初めて出会った時と同じ、淡々とした瞳。

――透き通るような桜に見詰められて終わるのは、なんて贅沢なことだろう。




息絶え、もの言わぬ男の上に、少女の言葉が落ちる。

「またね」



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