玉 椿 那田蜘蛛山に踏み入った鬼殺隊士を始末するのは、基本的に『母』である。『母』が対処している間に別動隊が来た場合は、『父』や『兄』がそこへ足を運ぶ。今いる『父』と2人の『兄』の誰が行くかは特に定まっていない。その日『母』の補助に指名されたのは、『兄』の繋だった。 「兄さん」 「相分かった。留守番は任せたよ」 累の命に頷いた繋は、『母』のいる場所とはちょうど反対側の山腹で、網を張った。巧みに姿を隠し、山を登り来る鬼殺隊士の首を淡々と刎ねていく。 繋の固有する血鬼術は【薄影】。使用者の姿形、気配、殺気、視線、音、匂いを極限まで薄めることができ、相手に存在の一切を気付かせない。 血鬼術を二つ、というと強力そうに思えるが、繋の素の力は然程でもない。累や『父』と腕相撲をすれば確実に負けるし、『母』の人形劇を真似できるほどの器用さもない。『 しかし繋に発現した【薄影】と、累に与えられた血鬼術【糸】は、抜群に相性が良かった。 縦横無尽に巣を張り巡らせ、鋼鉄の糸で柔い首を引き裂けば、人間たちは叫び声の一つも上げず、どころか自分が死んだことにも気付かないまま死んでいく。元凶の鬼を探せど、糸をたぐっても絡まる繭玉が出てくるのみ。目を凝らし、耳を澄まし、鼻を啜り、気配をたぐっても、血鬼術に覆われた本体が見つかることはない。 そんなわけで、一方的な蹂躙と効率的な虐殺において、繋の横に並ぶ家族はいなかった。 「……多いな」 草の上に崩れ落ちる人間の体。頭が胴体を離れ、ごろごろと転がっていく。 繋は無造作に黒髪を鷲掴み、それがあるべき体の部位に無理やり押し付け、糸を操って適当に縫い付けた。 いくら上手に隠れていても、首なし死体が積み重なる場所に人は近寄らない。しかし五体満足の人間が地面に倒れていれば、鬼殺隊士は生死不明の仲間を助けに来る。そうしてやってきた情に厚い隊士たちを殺して、また首を繋ぐのだ。 しかし何事も限界は存在する。死体があまりに多ければ、付け焼き刃の工作も意味はなさない。 繋は山中に生まれた人の海を見渡した。 ――これでは誰も近寄ろうとはすまい。 「様子を見てこようか……」 役目はそこそこに果たした。守るための戦いでなく殲滅のための戦いであるから、持ち場を離れてもさほど問題はないはずだ。それよりも繋は他の家族が気がかりだった。皆が皆、十二鬼月の『弟』のように強いわけではないから。 ◆ 繋は『母』が普段座っていた岩に、真っ白な着物が落ちているのを見つけた。『母』は殺されてしまったらしい。鬼の末路としては在り来りで、致し方ないことだ。人間の中に手練が混じっているのだろう。だとすると危ないのは『次姉』である。彼女の能力は狩りと食事には長けているが、とても強者との戦闘に使えるものではないから。 そこでふと、着物の白に赤が混じっているのに気付く。おかしい。繋は目を細めた。鬼の体は殺されれば血液も灰になって消滅するはずだが。 近付いて確認すれば、赤の正体は椿の折り紙だった。折り目はくしゃくしゃなのに、ぴんと背筋を伸ばしてめいいっぱい花弁を広げていた。 誰かが彼女の着物の中から探り出して、手向けの花の代わりにでも添えてくれたのだろう。家族の中にそのような殊勝なことをする鬼はいない、つまり……──鬼憎しの鬼殺隊にも、変わり者はいるものだ。 繋は自分の懐を探り、潰れた鶴を広げて椿の横に添えた。 ──彼女はどんな終わりを迎えたのだろう。この椿を置いた人間なら痛みもなく死ぬことが出来ただろうか。 その少女もまた、繋の『弟』が鬼殺隊から助けた幼い鬼だった。手先の器用さを生かした人形劇は娯楽の少ない我が家の良い余興ではあったが、なくなったところでさして痛手でもない。騒動が過ぎれば、すぐにまた新しい『母』が補充される。家族が増えるのは繋にとっても喜ばしいことだ。『弟』の心の穴を少しでも埋めてくれるのなら、繋はどんな鬼でも『母』と呼び慕うだろう。 『あら? もうなくなってしまったわ』 『また今度拾ってきますよ』 『次はうさぎを折りましょうね、繋』 けれど彼女の折り紙がもう見れないと思うと、物悲しさが心を燻る。 戻る |