レールを踏み出す<前編>


「何……これ」
目が覚めて、頭がずきずきと痛む。二日酔いなど学生時代以来で苦しい。確か今日は日曜日だから、仕事の心配はないはずだ。ぼんやりとそんなことを考えながら目を擦る。そして気づいた。隣の違和感に。

何故か隣には男がいた。



「うっそ…………!」

叫びそうになるのをどうにか堪える。男は起きる気配がなく規則正しい寝息が続き、ひとまず安心する。が、紫帆はそれどころではない。自分は今恋人がおらずだらだらと仕事を続けており、たまの楽しみは友人との飲み会くらいだ。そう、酒は好きだ。だがその好きなもののせいでこんな大変なことになると、誰が予想しただろう。

……いや、少し訂正する。実際紫帆は男が誰か知っている。だからこそ問題なのだ。






「どうして隣に跡部が……?」

跡部の顔を見返したあと、思わず紫帆はホテルを飛び出した。混乱状態だったのだ。迷わず自分のアパートにつき、なかったことにしようとベッドに飛び込む。が、寝られない。先ほどまで寝ていたのだから当然だ。仕方なくどうにか昨夜のことを思い出そうとした。確か……



***



「あれ、跡部?」

昨日は仕事が早く終わったものの友人とは予定が合わず、自炊も疲れて食べて帰ろうと街を歩いていた。すると何故か跡部がいたのだ。跡部とは中学生時代の一応友人と呼べる仲だったが、卒業後会うような関係でもなく、それきりだった。噂は中学生時代の同級生たちの間で飛び交い、どうやら会社の若社長になっているらしい。テニスはやめたのかな、紫帆は気になったが本人に会わないのだから知りようもない。そして会って気づいたが、面と向かって言えるはずもなかった。

「よう、紫帆じゃねーか。久しぶりだな」
「うん、まあ」
「何だよ、人をじろじろ見やがって」
「いやー、まさか社長さんがこんな普通の街を徒歩で移動してるなんて」
「アーン、馬鹿にしてんのか?」
常に車じゃ気分転換にもならねーだろうが、確かに電車なんざ乗らねえがな、と軽く嫌味っぽく言われたが紫帆はそれよりも「何かあったのか」と気になった。若社長が他の歴史ある会社と渡り歩くのも簡単ではないらしい。なんだか安心した。

「これから帰るのか?」
「うーん。ご飯作るの面倒くさいからどっかで食べて帰ろうかなと」
こんなこと言ったら怒られるかなと思いつつ、昔の彼になら隠す必要はないなとあえてそのまま言う。跡部はやや呆れた顔をしたが、
「まあ色々あるよな。どうせなら一緒にどっか行こうぜ。奢ってやる」
薄々そんな気はしたが、やはり誘われた。が、純粋に喜べない。
「え」
「なんだよ、何か不満か?」
「いやその、どうせ跡部のとこだから行くとこって高級レストランでしょ」
奢ってもらうのもそもそも嫌だが、仮にそうだとしても紫帆はマナーに一切自信がない。汚い食べ方を見せて無駄に嫌われるのは嫌だ。それが最後の印象かもしれないのだ。
「心配するな。俺様が一番お気に入りのフレンチレストランだ。誰が食べたって美味しいに決まってる」
「いや、そういうわけじゃ」
「ずべこべ言わずに行くぞ」

跡部が指ぱっちんすると、丁度良く黒いベンツが現れた。近くで待機してたのだろうか。紫帆がまごついている内に、腕を引っ張られ乗せられてしまった。



その後は到着したらボーイさんが現れて荷物やら上着やら丁重に扱われて、椅子を引かれて大人しく座って。
「……なんでそんなに緊張してんだよ」
「……うるさい」
何故なら一言、場馴れしていないからだ。ナイフやフォークがずらりと並んでいるけれど、これは外側から使うのでいいんだっけ?
「ところでよ」
「はい」
「お前彼氏いるのか?」
「ごふっ」
やばい! 床にお肉落とした! 思わず拾おうとするとすかさずウェイトレスが対処してくれた。そうか、こういうところでは自分でやっちゃ駄目なんだ。なんか貴族ってわがままだな。片付けるのはいいことじゃない。
「あんたのせいで落としちゃったじゃない」
「俺様のせいだっていうのか?」
「そうよ、変なこと聞くから」
「で、その変な質問の答えは?」
「……いないけど」
悪かったわね、笑いたちゃ笑えばいいじゃない。ああ嫌だ。どうしてこの場でそんな話をするんだろう。
「で、アンタはいるの? どうせ綺麗な人と出会いまくりでしょうけど」
「彼女はいねえ。が、婚約者はいる」
「へー婚約者ね。……婚約者?」

聞きなれない言葉に思わず聞きかえす。今時そんなのあるんだ。っていうか、何ソレ。じゃあ私をこんなところに連れてきたら不味いんじゃないの?

そこからは記憶が曖昧だ。何故かむしゃくしゃしてワインやらウイスキーを勝手に頼んでどんどん飲んで、跡部に注がれた記憶もある。止めてよ馬鹿。って違う、そこから一切記憶がない。目が覚めたら知らない部屋で一緒に寝ていた。ついでに言うと落ち着いてから気づいたがなんとなく下腹部が痛い。
つまり。


「ありえない……婚約者がいるのに」




跡部がせめて忘れてくれたら良い。そして自分も忘れよう。そう思えば思うほど嫌悪感が募っていった。




20130704


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