美容師と客


一ヶ月。はじまりは先の長さにがっかりするが、いざ来てみれば呆気なく、一日よりははるか長いが一年よりはとても短い。そんな周期で彼はふらりとやってくる。
ほら、今日も。



「いらっしゃいませ」


他の客と変わらない対応で軽く頭を下げると、「予約なしだが空いてるかの?」としらばっくれて上着を脱ぐ。彼が予約をしてきたことなど一度もないし、それで困ったことはあまりない。何故なら彼は大抵朝一に来るからだ。私など仕事さえなければ昼まで寝たいというのに、よくも毎回来られるものだ。
椅子は三席、お客様は既に一名様だから、先生でなく私でよければすぐに切れる。


「先生のカットがよろしければ少しお待ちいただくことになりますが」

荷物と上着お預かりいたします、彼は素直に差し出しながら「お前さんでよか」とこれまたお決まりの台詞。ならばこれ以上言うべきこともなく席にお通しするしかない。他にしたいこともないのだけれど。



「今日はどのようにいたしましょうか?」
「いつも通り、肩につくくらいでええよ。俺髪結ぶし」

彼の髪は男にしては長く、だが伸びすぎるのは嫌なようで毎月ウチには整えに来ているようなものだ。だからこそ見習いの私でもどうにか対応できるのだけれど。これでパーマが当てたいと言われようものなら私は担当できなくなる。早く技術を身に着けて一人前になりたい。


「いつ見ても綺麗な髪ですね。ご家族の方も銀髪なんですか?」
私が素人のせいなのかよくわからないが、この髪の色は染めたとは思えないほど綺麗で手入れが行き届いていた。この髪を触れるのは、彼の身内を除いたら私くらいのものだろう。そう思うと少し鼻が高くなる。
ハサミを入れ始めても彼は手元の雑誌を開かない。初めはてっきり話しかけられるのは嫌なタイプだと思っていたのだが、彼との会話は案外弾むのだ。

「さあどうかのう。知りたかったら見にきんしゃい。お前さんなら歓迎しちゃる」
「またまた、そう言って女の子家に呼んでるんでしょう」
仁王さんモテそうですし。そう言うと彼の口元が少し上がった。




美容師はお客様の名前を知ることができる。接客に置いて名前を呼ぶという行為は重要で、私はそれ以上に彼の名前はすぐに覚えた。が、それだけだ。美容師の仕事の一部に「会話」があるが、自分から突っ込んだことは決して聞いてはいけない。私は彼がこの時間に来られるという点で大学生だと思っているが社会人かもしれないし、家は近くなのかここを気に入って下さっているため遠くから来ているのか何もしらない。
言ってみると髪を整えるだけなので切る時間はかなり短く話を膨らませる前に終わってしまう。



「ありがとうございました」
お金をいただき、お見送り。

「次も頼むぜよ」

「次も」の一言で、私はまた一ヶ月を踏ん張れる。



END
20130212


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