初詣


どこかの文明も当てが外れ地球が破壊されることなく年も明け、紫帆はやや残念だった。あり得ないとはわかっていたが、少し、期待していた。もしあのとき死んでいれば、私は老いることも社会に身を投じることもなかったのだ。結果何もなかったお陰で紫帆は受験戦争に向かうことになった。要するに現実逃避がしたかっただけなのだが。


「と言いながら、まだお前さんは現実が見えてないじゃろ」
「だって、勉強嫌いだもん」


折角年が明けたのだから、好きな人と生の喜びを分かち合ってもいいじゃない、と言うと「大層じゃのう」とため息を吐かれる。

「何よ、雅治は余裕でいいわね。エスカレート式に高校に行けるから」
立海大附属は希望すれば他の高校にも行けるが、そのまま高校に持ち上がれるため世間の殺伐とした空気はない。一応進学テストこそあるものの、それは建前のためだけで落ちたという声を聞いたことがない。
対して紫帆は立海生ではなく、立海の高校に通うためには受験しなければならないのだ。理由は二つ、実家から出来るだけ近い高校、そして彼氏である雅治と同じ高校に行くためだ。それなのに初詣なんか行ってる場合か、と雅治にデコピンされたが結局一緒にこうして神社に来ている。初めは大行列に帰りたがった雅治だったがようやく賽銭箱の手前まで来た。


「紫帆、五円ちょうだい」
「何よ、お賽銭持ってきてないの?!」
「札はあるんじゃけどのぅ」
「もういっそそれを出しなさい」

そうはいかないので仕方なく小銭を渡す紫帆。後ろも混んでいるため急ぎ気味に鐘を鳴らした。










「んで、何願ったんじゃ?」
「あ、そこ聞くんだ? よく言うじゃん願い事は口にしちゃ駄目って。それにどっちかというと雅治の方が気になる」

紫帆は雅治が好きだし、根拠はないけど雅治も自分のことが好きだと思っている。少しでも面倒くさかったら誰が言おうとその通りにしないのだ、この男は。しかし、その条件に「今のところは」を付けなければならない。靡きやすい性格に加え、雅治はそれなりにもてる。高校生になり新しい女の子も増えるだろうし、何もないとは思えない。そんな雅治が、願い事に自分に関係したことを言うとは正直思えない。しかし、まさか高校でもテニス部で優勝したいといった熱血少年でもあるまい。どうせ彼のことだから、のんびり暮らしたいとか適当なことを願っていそうだ。

予想通り雅治が願い事を教えてくれるはずもなく、紫帆はおみくじを素通りした雅治を呼び止めクジを引いた。一人で引くのはつまらない。



「よし、吉出た。去年は末吉だったから進歩あった! 雅治は?」
「小吉」
「あはは、何かぴったりだね」
「どういう意味じゃ」





それからは神社周辺の屋台でタイ焼きを買い、二人並んで食べていると小さな雪が降り出した。空はそんなに曇ってもないのにこんなこともあるのか。見ると雅治は食べ終えて早々手をポケットにしまっていた。

「そろそろ帰るとするか」
「えー、まだ一緒にいたい」
「もうやることは済んだじゃろ。雪も降ってきたことじゃし風邪引いたらどうするんじゃ」
「そんなこと言って、自分が寒いだけでしょう」

紫帆はやや顔を曇らせる。折角一緒にいるのに勉強がどうとか寒いから帰りたいとか、雅治らしいといえばらしいがあまりに恋人らしくない。雅治は相変わらず顔色を変えず、紫帆が一言言おうとしたとき。




「お前さんが、他にも理由はあるんじゃろうが俺と同じ高校に行こうとしてくれることが嬉しい」

だから、受かってくれなきゃ困るじゃろう。




普段雅治は自分の心情を口にしない。紫帆が立海の高校に行きたいと言い出したときも「そうなんか」くらいしか言わなかった。紫帆は開けかけた口を噤み、脳内はぐるぐると感情が回った。これだから、嫌いになれない。


「よし、じゃあ帰って勉強に励みますか」
「そうしんさい。電話くれたら数学くらいは教えてやる」

いつのまに手を出していたのだろう。雅治が自然に、でも優しく手を握ってくれるものだから、帰りはちっとも寒くなかった。



20130107


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