こうして私は彼氏ができた
「紫帆、俺と付き合いんしゃい」
「無理」
「なんで?!」
まるでフラれるとは思ってなかったようで、あからさまに驚く銀髪の男。
「いや、こっちがなんで、だよバカ」
予想外に落ち込んでるけど、どうせ見た目だけ。なんどコイツの罠にハマったことか……
そう、この男はペテン師の異名を持つ仁王雅治。昔から私をからかう天才。
「アンタみたいな女たらしと付き合うわけないでしょ」
「違うんじゃ! 今までは確かに遊びやったけど、紫帆に会って俺は生まれ変わったんじゃ!」
「ふーん、へぇ、そう」
「紫帆〜……」
子犬のようにうなだれる彼を、不覚にも可愛いと思ってしまう。けどわかる、これは所詮彼の演技。コイツは詐欺師、仁王雅治。
詐欺師と分かってて付き合う女なんて馬鹿だ。だって私、自分のことくらいもう分かるから。付き合ったら私は絶対仁王にハマる。そしていつかは捨てられて、惨めなのは私だけだなんて、そんなの嫌じゃない。だからずっと、馬鹿を言い合える友達でいたいの。でも真面目に返すとこれまたこいつの思い通りになりかねない。こういうのは適当にあしらうのがベストだろう。
「テニス、」
「?」
「誰とでもいい、テニスで百連勝したら、付き合ってあげてもいいよ」
我ながらなんて上から目線。仁王は端から見たら確実にイケメンの類だ。それを庶民の私が上に立つなんて、ファンの子が見たら次の日私は顔の形がボコボコに変形してしまう羽目になるだろう。
私のこと遊びなら、そんな時間の無駄なこと、するはずない。
ところが仁王は。
「楽勝! そんなんでええの?
紫帆放課後テニスコート来ぃや! カッコイイとこ見せちゃるけんのぉ!」
さっきのしょぼくれは何処へやら、仁王は喜々としてクラスに戻った。
***
「今日の仁王先輩飛ばしてるな」
「いつものサボリ癖はどこ行ったんだろ……」
放課後、流石に言いだしっぺが私なのでしぶしぶテニスコートを覗くと、後輩のそんな囁き声を聞いた。やっぱり普段はユルイのか、アイツ。情熱的で、慎重で。そんなアイツは、試合ででしか見れないのかな。
「仁王先輩カッコイイ!!!」
女子がキャーキャー言ってる。こんな子達と一緒にいたら、なんか私も仁王のファンみたい。自分で言ったことだけど、帰ろうかな……
踵を返そうとしたとき、運悪く仁王に見つかってしまった。
「紫帆! 来てくれたんか!!
見ときよもう五人勝ち抜きや! ホントは一日で終わらせたいけど、時間の都合上三日で終わらせる!」
「…………」
やめろ私に話しかけるな! 仁王ファンの視線が痛い!!
「あの、ちょっと」
そう、ずっと彼はコートを占領しているのだ。部員の多いこの部活、いくらレギュラーといえどここまで我が儘は許されないのは部員でない私でもわかる。
止めたい。けどここで私から話しかけたら確実に女子の手によって体育館裏行だ。私はまだ死にたくない。
そこへ。
「仁王、張り切るのはいいが大会前だ。休憩入れろ」
来た! 真田弦一郎!
実は私と真田は結構仲が良かったりする。それにしても相変わらず仏教面だなぁ。
仁王は何か文句言ってたけど、しばらくして折れて一次部室に戻ることにしたようだ。するとその寸前真田がこっちを見ずに部室を指さした。
(行ってやれ)
全く、私と仁王の約束を知らないはずなのに全て見透かしている奴が怖い。まあ、協力というより(奴を止めろこの阿呆が)という意味なんだろうけど。
マネージャーでもないのに部室入れるかしら。
***
「部外者は入れられねぇなあ」
恐らくは二年生だろう、ごもっともなことをおっしゃる。どうしよう、真田の名前出したら信じてもらえるかな。いっそ真田が来いよ面倒くさい。
もうここにいることがばからしくなってきた。帰ろう。仁王も真田もテニス部も知るか。そんな私に天使のような声が降りかかってきた。
「おや、麻倉さん」
「幸村部長!」
二年生は幸村が現れるや否やへこへこしだした。見た目は全然怖くないのに、やっぱり部長の威厳は凄いなあ。
私と幸村君に全く接点はないけど、真田の幼なじみということでちょくちょく話すことはできる。
「ごめん、真田に中入って馬鹿を沈めてこいって言われたんだけど、少しだけでいいから入っていい?」
「いいよ。君も大変だね」
流石神の子。笑顔が眩しい。
「あ、でも一応彼もレギュラーだから東京湾に沈めるのはやめてね? せめてアッパー一発くらいで」
笑顔でなんてこというんだ幸村君! 私が暴力慣れしているとでも思っているのだろうか。まあ元々は自分から言ったことなんだけど。
「が、がんばります……」
これ以上話したら不思議ワールドに引き込まれかねないので、そそくさと扉を開けた。
皆練習で外に出ているのか、中は仁王一人だった。十人くらいは普通にいるのを覚悟してたんだけど。
「仁王」
「紫帆!」
ぱぁ! と仁王の顔が輝く。実はこいつ、本当に馬鹿なんだろうか。それともこの顔さえペテン?
「部員に迷惑かけすぎ」
「しゃーないじゃろ。紫帆との約束守る方が先決じゃけんのぉ」
「私を巻き込むな! 真田にビンタされたら恨むよ!!」
その途端、仁王の顔が曇る。なんだ、私の怒りくらいで黙る男ではないのに。
「…………さっき、紫帆とアイツアイコンタクトしとったじゃろ」
「あ、気付いてたんだ。よく周り見てるなあ。流石レギュラー格?」
「幼なじみにしては、仲睦まじすぎナリ」
「私と真田は付き合ってない。ついでに言うと私と仁王も付き合ってない」
どうやら意味不明な嫉妬に陥っていたらしい。私にも真田にも大迷惑だ。
「あと二日の辛抱じゃけえ、そんなつれないこと言わんと」
「あぁもう面倒くさい! もういいよ百人抜きは! 誰かレギュラーと一人戦って勝ったら付き合ってあげるから、さっさと負けてこい!」
「言ったのぉ、紫帆?」
え、あれ。
「待っとったよその言葉。まあ俺は別に百連勝でも楽じゃけんど」
私、また嵌められたの……?
「これで堂々と真田倒せる」
「え、よりによって真田?!」
そんな勝ち目が危ういとこわざわざ狙うなんて!
「なんや紫帆、俺に負けてほしくないんか?」
「べ、別にそんなんじゃないけど!」
「前からむかついとったんじゃ。お前さん達が仲良さそうに話したり帰ったり……俺の方が強いって証明したる」
そして私の了承も得ず、再度テニスコートに戻ってしまった。
「ふふ、面白いことになってきたね」
「わ! 幸村君?!」
いつの間にいたの! なんか、私幸村君苦手なんだよね。真田が信頼してるから文句は言わないけど。
「それにしても珍しいねあの仁王が……面白い試合になりそうだ、俺も見るとしよう。麻倉さんにも特等席用意しないと」
「い、いや私は外から見てるよ」
「仁王ファン多い中で見て、君大丈夫?」
「……べ、ベンチに座らせて下さい」
本当は万が一に備え逃げれる距離が欲しかったんだけど、幸村は当然のように隣に腰掛けた。金縛りのよいに動けない。何この人……ああ、神の子か。
「……戦うのはいいが、俺を余計なことに巻き込むな」
そりゃそうだ。私は真田に恋愛としての興味がないが、真田も私にそういう関心がないのだから。
本当迷惑な男だなコイツは。
「それで、麻倉さんはどちらを応援するの?」
「え」
「応援って凄いんだよ。ダメかもしれないってときに名前を呼ばれると、本当にパワーが貰えたりするんだ。それが大事な人からなら尚更さ。やっぱり幼なじみだし真田?」
「私は…………」
「だってそうでしょ。仁王と付き合いたくないのなら。それとも本当は仁王が好き?」
「そんな馬鹿な!!」
「行くぜよ!」
私の大声を掻き消すように試合が始まった。
まずは仁王からのサーブ。
「おかしいね、仁王。他人の技は使うけど、ペテンはしていない」
「え?」
そう言われたら、いつもみたいに誰かに成り済ましていない。
「紫帆さんに、自分を見てほしいんじゃないかな」
「仁王! ペテンは自分で頑張って磨きあげた立派な技でしょう!! 本気でやりなさいよ!」
強い奴に化けるなんて卑怯だ、と影で言い合う奴らがいることは知っている。でもそいつらは弱いから気付かない。己に強者に匹敵する実力がないと、なりきることは不可能。
そんなこと、私が知らないとでも思ってんの?
そして−−−−
仁王は幸村君になった。
そこからは、接戦になり、少しずつ押してきて……
「仁王6:5!」
勝っちゃった……あの真田に、勝っちゃった…………
「これで真田も麻倉さんが好きだったらもっと面白かったのにね」
「やめて幸村君! テニス部壊滅しかねないから!」
「はは、冗談だよ」
正直、仁王が強いのも知ってはいたけど、真田に勝つとは思ってなかった。真田の練習量はよく知っている。それと互角に戦えるなんて……実はとってもテニス頑張っていたのかな。ユルイ奴だと見せていたのが、ペテンなの?
困惑する私を余所に、満面の笑みを迎えてこちらに来る仁王。
「紫帆。約束通り勝ったぜよ。
ご褒美のキス貰おうかの」
「え、そんな約束してたっけ?!」
「彼女なんやし、当然じゃろ」
そうだ。
私はあの瞬間、賭に負けた。だからもう、私は仁王の…………
「私、仁王の彼女…………?」
「そや。……どした紫帆、顔が真っ赤ナリ」
「そんなこと……!」
現在私は思考回路がパンクして、全てが仁王の思い通りとなるだろう。
とりあえず、結果だけみると。
「幸村ー、真田ー、今日は紫帆お持ち帰りするけん早退許すぜよ」
「いいよ、面白いもの見せてもらったし」
こうして私は彼氏ができた
嵐が去った後のテニス部では。
「どうした真田?」
「うむ…………なんだか、娘を取られた気分だ」
「ははは! こりゃ大変なお父さんだね」
頑張れ仁王。
20110830
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