毒林檎
いつの間にか林檎が嫌いになっていた。
端から好物だったわけでもないが、食べられないほど嫌いなわけでもない。
ただそれに対面するのは常に病室であり。
自分の弱さを、露骨に感じる瞬間であった。
林檎の皮剥きなど慣れたもので、今ではちぎれることなく一本のまま剥ききることができる。
それ則ち、己の闘病生活があまりに長いことを指す。
だが、楽しそうに毎回林檎を用意する紫帆を、止めることもまた出来ず。
ズルズルと、生きていけるのならそれで構わないのかもしれない。
…………プライドさえなければ。
***
「グリム童話ではね、」
ふと思うんだがなぜ患者の俺が林檎を剥く側なのだろう。こういうのは見舞いに来てくれた彼女の紫帆がやってくれた方が絵になる。でも紫帆は俺を見てニコニコと話す。
「毒林檎が暗躍するんだけど、実際のところあるのかな、毒林檎って」
「……食べたいのかい? 酔狂だね」
紫帆は少し頭がおかしい。毒だなんて嘘でも入院患者に言えるだろうか。だがそれが紫帆だ。
「いや、この前美味しそうなアップルパイのレシピを見つけたんだけどね、精市にも食べてもらいたいなと思って」
「何故このタイミングでそれを言うんだ。まるでそれじゃ、俺に毒のアップルパイを食べさせたいみたいじゃないか」
苦笑しながら事実を問うと、やっぱり頭がおかしい紫帆は酷い返答しかできない。そんなの、百点をあげたくなるだろ。
「だって毒ごときで精市が苦しむとは思わないもん」
「紫帆は、俺に死んで欲しいの?」
「そんな訳無いよ! 精市はね、誰よりも何よりも強いの。だからそんなことで貴方は死なないし、死なせない」
紫帆は嫌な奴だ。俺に冷たく対応しつつ、逃げかけたら片手で掬う。まるでこの俺が金魚掬いのように遊ばれている。それでも紫帆が好きなのは、紫帆は毒林檎売りの魔女だからなのか。
「……実はね私、毒林檎食べたことあるんだぁ」
私が食べて生きてるんだから、精市が食べても平気だよ。なんて、ふんわり笑う紫帆。イカレテるならそれらしくケタケタ笑えば良いのに。
「元々頭がイカれた奴だと分かっちゃいたけど、改めてドン引きだなー」
「引かないで!
その林檎を食べさせたのは、紛れも無い精市なんだよ?」
息を吸い、甘美に脳を侵す。
…………それなら俺も、とっくの昔に食べているさ。
「さあ剥けたよ。お食べ」
「ありがとう。私林檎好きだから遠慮せず貰うね。でも半分は精市も食べてね? 食欲ないなんて言わせない」
「俺も林檎、好きだよ」
それは、甘い毒。
END
毒林檎とはお互いの存在。でももう無くてはならない。的なことが書きたかったのに意味不明な仕上がり……
20111114
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