嫁の衝動
やばい。
もうすぐお昼の12時、紫帆はようやく慣れて来た無駄に大きなベットで一人転がりまくっていた。何故なら一言、暇だからだ。
夫の景吾は仕事中でおらず、部屋から出るだけで執事かメイドがついてくる。自宅なはずなのに、自由がない。
それでも景吾が好きだから、紫帆も我慢していたのだが。
今、無性にカップヌードルが食べたくなった。
結婚してからいつも高級料理、たまには市販のお菓子やレトルトを食べたい。
こればかりは衝動も抑え切れなかった。
「それでわざわざ俺の家来たんか」
「うん、ゆーしは絶対家上げてくれるって思ったから」
「何やその信頼感……まあいいけど」
跡部は紫帆の無断外出が気に食わない。でも紫帆は自分をペット扱いするなと本人に申し出ており、外出が不可能なわけではない。
ただそれでも、跡部に睨まれるのが恐くて皆紫帆と会うのは気が引けていた。でも忍足は紫帆をいつも匿ってくれるのだ。
「ゆーしは優しくて好きよ」
「好きやて? そんなん俺に言ってええんか。たとえ本人がおらんにしても、言魂ゆうもんがあるんやで」
「いいよ、形はどうあれゆーしのこと好きなのは事実だし。
この西洋スタイル、景吾もよく言うし。『お前への好きと他の奴らに言う好きは重みが違うんだ!』って」
「ほか、なら愛の逃避行しようか」
「え?」
忍足の眼鏡がキラリと光る。お陰で紫帆は忍足の表情が読み取れない。
忍足は紫帆の肩に手を置き−−
「−−忍足、それ以上紫帆に触ったら氷の世界で永眠させてやる」
キングは、プリンセスを守るためにある。
「なんや、もう来たんか。仕事はええんか?」
「…………」
「分かった、すまんすまん。ちょっとした出来心や、勘忍な」
かつての仲間にするとは思えないほど冷酷な跡部の目に、やれやれ両手をあげて降伏する忍足。
「それに、むしろ感謝してほしいくらいやわ。あんたらの痴話喧嘩宥めるんいつも俺やん」
別に跡部は忍足のことが嫌いなのではない。だがどんな親友だろうと紫帆が絡むと冷静さを欠いてしまうのだ。だから皆紫帆と遊ぶのを躊躇うようになってしまった。そしてそれを紫帆は黙認している。皆の気持ちも、跡部なりの愛情も、両方分かっているからだ。
「喧嘩じゃないよ! 景吾のこと大好きだもん」
「俺だって紫帆を愛してる!」
だから、このカップルは。
「…………もうええわ、早ぉ帰ってくれ」
あんなにハッキリものを言い合う奴らなのに、なんで紫帆は、跡部に直接インスタントが食べたいと進言しないのだろうか。
セレブにはよう分からん事情があるんやろな、と分かりたくもない忍足だった。
END
20111022
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