今日も新たな嘘をとっかえひっかえ
「あー! アンタはあの時の!」
小鳥がさえずる清々しい朝、私はクラスメイトに迷惑なほど素っ頓狂な声を上げた。それに対してアンタと呼ばれた白い髪の男は面倒くさそうに振り返る。間違いない、その顔。
話は昨日の放課後に遡る。
立海に転校してきた私は引き続き女子テニス部に入るべき、初日に部の状況をチェックしようと思った。が、想像以上にこの学校は広く、グラウンドも多い。
軽く道に迷ってしまいうろうろしていると、木陰で座っている人を見つけた。得体の知れない雰囲気が少し恐いが、いかんせん担任との話が長くなり時間もなく。思い切って尋ねることなした。
「すみません、テニスコートはどっちですか?」
「…………この校舎を出て右に曲がったらすぐじゃ」
「ありがとうございます」
なんでこんなところで一人でいるのか少し気になるけど、今の私はそれどころではなく、急いでコートに向かう。だけど……
そこにあるのは今は使われていないような焼却炉だった。
「だ、騙された?!」
こんな経験初めてだ。仲良いならともかく、初対面で騙す? もしかしたら純粋に間違えたのかも…………いやいや、ならばはじめから「知らない」と言って欲しかった。だからやっぱり、騙した、のだろう。
その日結局私が行った時には部活が終わっており、見学することが出来なかった。
そして今に至る。
「あー! あのときの」
教室に、その男がいたのだ。銀髪なんかそういない。
こいつ昨日は授業サボってたな……。
男はポリポリと髪を掻くと、あー……と低く唸る。
「…………お前さん誰ナリ」
「昨日のこともう忘れたのか!
変な道を教えてくれてどうもありがとう。私、昨日転校してきたばかりだったのよ?!
なんでアンタと同じクラスなの……」
人を騙すなんて最低なことだ。それを平然とやってのける奴と同じクラスとは、ついていないレベルではない。
クラスはどよめき、もう私に友達なんて作れそうもない状況。お先真っ暗とはこのことだろう。
そのとき、隣のクラスから神が舞い降りたのだ。
「騒がしいですよ仁王君、何かありましたか?」
メガネをかけた、知的な男。仁王君と呼ばれた白髪は「おー柳生ー」とうざったい声を出す。
「うるさいのは俺じゃなくコイツだに」
「何だと?!」
やばい殴りたい。でもここで殴ったら編入直後に謹慎処分というとても笑えない未来が待ち構えている。どうしようかと頭を悩ませていると、知的な男は食ってかかる私と白髪の間に立ちはだかり、優しく手を差し延べてくれた。
「大丈夫ですか?」
これが、私達の出会い。
***
それから二ヶ月後。
「柳生ー、また仁王が騙した!」
仁王が私を騙し、それに私が柳生に泣きつき柳生が仁王をお説教、という方程式が確立していた。
どうやら仁王も柳生も校内では人気人物らしく、編入早々私は奇声を発していたにも関わらず友達もできた。
ちなみに今回怒っている理由は、昨晩私の好きな俳優がテレビに出るっていうから一時間ずっとトーク番組見てたのに、最後は知らない演歌歌手だったし! 時間無駄にしたよ全く。まあ番組表でチェックしなかった私も私だけど。
「やれやれ……貴方も懲りませんね、仁王君」
「プリッ」
「プリッてなんだプリッて! 謝れ!」
「ごめんナリ」
「〜〜〜っ!」
怒りのやり場が無くじだんだを踏む。仁王には言い争いで勝てる気がしない。
「これしきのことで腹を立てていたら仁王君が喜ぶだけですよ」
「そ、そうねっ!」
柳生は優しい。まさしく紳士だ。
「でも素直なくせに口調がコロちゃんでムカつく!」
「おいおい、それじゃコロ助が可哀相じゃろ」
「うざいのはお前だ!」
コロちゃんは仁王と違って可愛いっつーの!
「ほら仁王君、そろそろおちょくるのは止めなさい。可愛い子ほど虐めたくなる気持ちは分からなくもないですが、度が過ぎると嫌われてしまいますよ」
そして柳生は自分のクラスへ帰ってしまった。
「柳生は優しいね」
お嫁さんにしてー、と冗談めいてはしゃぐ。仁王はそれを白けた目で見た。何様だこいつは。
「甘いのぅ、柳生はドSぜよ」
「嘘つかないで。そんな訳ないじゃん、紳士だもの」
「まあ、信じないのはおまんの自由じゃが」
「…………」
「…………」
本当ムカつくー!
こいつ情報網広いから半分は正しいことを言うんだよね。
しかも、今時優等生は腹黒ばかりって聞いたことがある。現に柳生って何考えてるかわからないこともあるし…………うう、気になってきたじゃない仁王の馬鹿!
でもさ。き、聞けない。唐突に「柳生ってSなの?」なんて私は変人か。
そうこうしている内に放課後。私は荷物をまとめていると廊下で柳生が歩いているのが見えて思わず呼びとめた。
「おや、どうかしました?」
これが仁王だったら聞こえないふりをして通りすぎていたことだろう。ちなみに仁王は終了のチャイムが鳴ると同時に飛び出したのでこの場にはいない。
私は先ほどの仁王とのやりとりが気になって仕方がなかった。公共の場でも堂々と叫べるところからわかると思うが、私にはあまり遠慮という言葉がない。気になったら聞くしかないのだ。
「柳生さぁー、もし彼女が出来たら、ちょっと……虐めたいとか思っちゃう?」
「……はて、質問の意味がよく分かりませんが」
「いや、だからさ…………柳生って、え、Sっけなとこあるのかなー……って………………」
「…………………………貴女が望むのなら、そういう対応をするのも悪くはないかもしれませんね」
What's?
今彼はなんと言った?
え、嘘…………あの柳生がそんな言葉を?!
柳生は左手で眼鏡を外すと私にスッと近寄った。キスされる?! そんな好きとか聞いてないし!
って、うん? 柳生って左利だったっけ?
「こらー仁王! また騙したわね!」
「ピヨ」
あっさりと柳生用桂を取り仁王はそれを私の頭にのせる。そして怒りで我を忘れた私を偶然通りかかった本物の柳生が宥めてくれて、仁王は笑って。
それでも毎日が楽しいのもまた仁王のお陰かもしれない。
END
企画サイト「amore」様へ提出
20110924
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