それだけでいい


「精市、明日も早いの?」
「うん。今会社が絶好調だからね。波は大きい内に乗っておかないと」
「……そっか」
「紫帆は無理に起きて見送らなくていいよ。というか立てないくらいにしてあげるけどね」

そんなの嫌だ。彼が仕事に頑張るというのなら、私は妻として何か役に立ちたい。じゃないと私の存在意義がなくなってしまう。だから私を愛さないで。

でも愛して。









結局目が覚めるとすでに太陽は真上に昇っていた。まあ、水を飲もうと立ち上がっただけで腹痛がひどいからあながち彼の言ったことは間違いではない。それでも半分は彼のせいだ。
何で精市のこと好きになったんだろう。

ぼうっと流れる雲を目で追いながら考える。
精市はかっこいいし基本は優しいし仕事もできる。完璧な男だと思う。だからこそときどきどうしようもないほど憎い。自分ばっかり優位に立って、余裕だし。
瞳の奥をのぞかせてくれないというか、腹の底で何を考えているか見当もつかない。
そのくせ私の心は何もかも見透かされてる気がする。昨夜だって結局流されちゃったし。


ただ、最近は仕事が忙しくなったみたい。そりゃ精市だもん、大事な役職につかせてもらってるんだろう。自惚れかもしれないけど、浮気はしてない。仕事の宴会以外では滅多に飲みにも行かず真っ先に帰ってきてくれる。それであの時間だからよっぽどだ。
精市は頑張って時間を作ってくれているはずなのに、失い続けている気がするのは私のせい?
結婚したてのころは、沢山一緒にでかけたり、喧嘩するときはとことん激しくて柳君を仲介に入れないとどうしようもないほどだったのに。
そういえば最近、喧嘩してないな。
だって疲れてるみたいだから。少しくらいこっちが折れてでも対応しないと、本当に向こうばっかり負担がいって、私の自信がどんどんなくなる。









「ただいま」
「お帰りなさい」

「ねえ紫帆、シタイ」
「……帰ってきての言葉がそれ?」
「だって『ご飯にする? お風呂にする? それともアタシ?』って最近聞いてくれないじゃん」
「いや、一度も言ったことないから」
最近って、昔はよくやってたみたいな。



「いいじゃん、紫帆、愛してる」



愛してる、ただその言葉で私の脳は痺れて思考が真っ白になる。
たとえ外で言われても恥らうことなく受け入れそうな自分が怖い。

そして、私をそんな風にした精市がずるくてちょっと憎い。
私だって、精市を私のものにして閉じ込めたい。






まあ、私のことを愛してくれてるからいいけどね。

END
ポルノの『瞳/の奥/をの/ぞか/せて』より。
『秘め事はいつも秘め事なまま』ということで、ヒロインは幸村が自分にメロメロであることを知らない、というかお互い気づいてない。ような話にしたかったのに上手くいかない……
20110920


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