甘えたい、甘やかしたい


赤也が合宿にゲームを持ってきた。見つかって即没収。それはまあ紫帆としても理解できるが、罰として夕食抜きとのこと。
真田だけの意見ならまだ丸め込むこともできたが、今回は部長の幸村もご立腹で紫帆でもどうすることもできなかった。
赤也は一日皆と同じように練習しているため、お腹が空かないはずがない。




「せめて、罰は食後の皿洗いとかにしてあげたら……?」
栄養失調で倒れるかも知れない。
マネージャーとしては勿論、気絶する人が出たら部活にも支障を来たして結局は幸村自身も困るのではないか。
「紫帆、甘やかしたらいけないよ」
一度ならまだしも、赤也は数が多すぎる、と嘆くとさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。






***





ぎゅるるるる……


「はぁ」
部屋に虚しく腹の音が響き渡る。
丸井先輩にお菓子をたかっても貰えるはずがなく。俺、今にも死にそう……
レギュラーは一人部屋貰ってるから死んでも朝まで誰も気づいてくれないんだろうな、そう考えると余計に虚しくなった。
せめて紫帆先輩がいてくれたらなぁ……


コンコン


嫌なタイミングで訪れる来訪者。どうせ部長か副部長が就寝前に再度見回りに来ただけに違いない。もう立つ気力もなかった俺は「うぃーっす……」と声をどうにか出して寝っ転がったまま開くドアを見た。



「赤也起きてる?」
「紫帆先輩?!」


やべえなんで俺の部屋なんかに! 格好悪いところ見られっちゃったし、もう最悪。
紫帆先輩はそんな俺を見て「やっぱり食べないと身体しんどそうだね」と心配してくれた。元々は自分のせいなのにそんな辛そうな顔しないで下さいよ。

紫帆先輩は廊下をきょろきょろ見渡すと、音を立てないように扉を閉めた。そして不透明な袋から何かを取り出す。





「ごめんね、料理残してあげたかったけど皆食べちゃって」

それは、おにぎりだった。真っ白で具も何もなさそうな、至って普通のおにぎりだけど、今の俺にはダイアモンドより価値がある。しかも、もしかして、

「紫帆先輩が握ってくれたんすか?」
「うん、ふりかけも梅干しもなくて本当にごめん」
「うぅ、紫帆せんぱーい!!」
そこで俺は感激して泣いた。だって、紫帆先輩が俺だけのために。こんなの部長達が食べてた豪華料理よりも俺にとっては豪華だ。

紫帆先輩はそんな俺を見てよしよしと頭を撫でた。






「でも、ゲームを持ってきたのは確かに良くないよ。もう二度としちゃだめだからね」
「身に染みたっす……もう絶対しません」
「明日、寝坊しちゃだめだからね」
「……はい」

正直自信はない。けどこれで寝坊なんてしたら人生初、鉄拳十発以上連続に喰らってもおかしくないだろう。
「よろしい。そしたらきっと二人共許してくれるよ」





そして、俺はおにぎりに貪りついた。先輩は「喉に詰まるからゆっくり食べなよ」とお茶を差し出してくれる。なんか、一緒に暮らしてる夫婦みたいだなと思ってその照れ隠しに食べるスピードがますますあがる。ってか。

「ていうか今気づいたけど紫帆先輩男の部屋に一人で来ちゃ駄目じゃないっすか!」




は、もしかして俺男として見られてない……?

その可能性は高い。さっきも頭を撫でてきたし、いつも先輩は俺に特に優しくしてくれるけど、それだってなんか、母性を感じる。
先輩は俺の叫びのような問いにきょとんとして、すぐにふんわりと笑った。







「だって赤也のこと信頼してるから」


じゃあ、見つかったら大変だし私も部屋に戻るね。なんてすぐ立つものだから、もう何も聞けずに。

「おやすみ」
「お、おやすみなさいっす!」


ねえ先輩、それってどういう意味なんすか?


END


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