可愛いお願い
「紫帆〜……」
雅治が熱でダウンした。
学校に来なくてメールにも返事がなくて。心配になって家に訪れたら美人なお姉さんが通してくれた。雅治の家に何度か来たことはあるが、家族の方にあったのは初めてだ。
部屋に入ると、ゼエゼエという苦しい息の音が聞こえる。
携帯を見る余裕がないほどしんどいなんて、私は何呑気に一日学校で過ごしてたんだ。
「紫帆は何も悪くなか」
私の表情を読み取ったのか、辛いのは雅治なのにそう言ってくれた。
「今日何か食べたの?」
「……んにゃ、水だけ」
「ダメだよ、今からお粥かコンビニでゼリーか何か買ってこようか?」
「お粥がええ……紫帆が作ったやつ」
「んー、でも人様のキッチン借りていいのかな……」
お姉さんはリビングで忙しそうに動いてる、恐らく出かけなければならないのだろう。恐る恐る尋ねると、快く了承してくれた。というか「私出かけないといけないから、雅治のこと好きにしていいわよ」って、私は何をするんだろう。
***
「はい、あーん」
ふーふーと冷ましてスプーンを口元に運ぶと、素直に口を開ける。
「熱くない? 食べれる?」
「味がよくわからん……元気なとき食べたかった」
確かに病気のときは味を感じにくい。何故か泣きそうになったもんだから、慌てて「また作ってあげるから!」と言うと落ち着いた。
「元気になったら、どっか食べに行くのもいいね」
「ほんま……? 俺焼肉がええ」
「……わかった、今度一緒に行こうね」
私はそんなに焼肉に魅力を感じないけど、こんな弱った姿見せられたらなんでもしてあげたくなる。もう死ぬんじゃないかって不安になる。私を置いていかないで。自分でもなんて大袈裟な、って思うけど、こんなに大切な人、今までいなかったから、ただそれだけなの。
「ほら、薬飲もう?」
「やーじゃ……苦いのきらいナリ」
「わがまま言わないの。治るもんも治らないよ」
「うー、じゃあ治らなくていい」
ぐずる雅治は子供みたいで、いつもの私を振り回す大人バージョンと違って可愛い。だからと言って薬は飲まないと辛いのは雅治だ。
「そしたらずっと焼肉行けないね」
「……ぐず」
少し靡いたけど、中々強情だ。ではこれならどうだろう。
「…………………口移し、してあげようか?」
ピクンと反応する雅治。
かと思うと薬を引ったくって勢いよく飲んだ。
「口移しなんかして、紫帆に移ったらいかん」
「雅治…………」
よほど薬が苦かったのか、堪えているんだろうけと目が涙でうるうるしている。
「よく頑張ったね」
「紫帆が、いるから」
なんて可愛いこと言うんだこの子は!
雅治と子供が出来たらこんな感じなのかな。
「じゃあ今日は寝よっか」
「紫帆、眠るまで手ぇ握ってて……」
私はその可愛いお願いをいつまでも叶えてあげたいなと思った。
END
20110906
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