浪人風情に
第一印象は、不思議な人。
浪人風情に
私が友達と別れた帰り道の橋の下から、キラキラ輝く泡が空に消えていく。シャボン玉なんて見たのはいつぶりだろう。小さい子供たちが遊ぶ風景が覗いてみたくて、少し土手沿いを散歩することにした。けれど、そこにいたのは少女でも少年でもなく同じ学校の制服をまとった男だった。何を見るでもなく、ぼーっと息を吹き、また一つ星が生まれ、でもすぐに消えていく。夕日を浴びてそれはかすかにオレンジ色だった。
「何か、」
「?」
「何か俺に用かの?」
知らぬ間に見とれてしまっていたらしい。慌てて申し訳なく頭を下げる。
「ごめんなさい、その、シャボン玉が綺麗だったから」
男はそうかと答えて今しがた加えていたものを私に差し出す。
顔を上げてようやく気付いた、それは同じクラスの仁王君だったのだ。はっきり言うと会話をしたことはなく、特徴的な白髪とはいえ気付かなかった。
「お前さんも吹いてみるナリ」
仁王君もまた、私を知っているのか知らないのかマイペースに接してくる。変な喋り方。まあこんなところで目的もなくシャボン玉をしている時点で十分変だ。ただし目的あってシャボン玉をするということもあまりないだろうけど。
普通に断れば済む話だったが、私はなぜかそれに惹かれた。もしかしたら吹くことによって彼の見ていたものが見えるかもしれない。
いつも時間に追われ部活から帰り塾に出かける私にのろのろとした時間が流れる。それは大層な違和感で、それは大層居心地よかった。隣にいる男とは全く面識がないにも関わらず、だ。まるで流浪人のように、そこにいてもすぐ馴染み、きっと私に何の危害もなく次の日にはもう会わなくなる、そんな感じだったから、私も気が許せたのかもしれない。
「不思議よのぉ。誰が吹いても、どんなに汚れた大人が吹いても、出て来るシャボン玉は綺麗じゃけぇ」
変な人。それでも、何となく彼の言いたいことがわかった私も十分変な人。
「お前さん、面白い奴じゃのぉ。てっきり俺のファンかと思うたが、間接キスにもものともせず、本当にシャボンに見とれて近づいてきただけとは。なんか負けた気がしてショックじゃ」
聞けばなんと彼はあの恐ろしい練習量で有名なテニス部のレギュラーらしい。一瞬ナルシストかと焦ったが、そういうことなら仕方ないと思えるテニス部ってどういう組織なんだ。
「しかも、俺の顔を知りすらしない。同じクラスとは何とも無意味なものぜよ」
「……ごめん」
やはり一応私のことは知っていたらしい。急に申し訳なくなる。
「俺はお前さんのことよう知っとうよ。得意科目は国語、苦手科目は数学
家では猫を飼っていて、名前はソラじゃろ?」
私の目は驚きで見開いていたのだろう、彼はこう返事する。
「だって俺詐欺師じゃし」
ペテンに必要な情報力は欠かせないんじゃ。
サラサラと川の流れは止まらない。生きている限り、変わらないものなんてない。
彼の持つ空気は心地よいけど、止まることもない。むしろ他の同級生よりも確実に流れ、きっと明日の私は赤の他人。
住んでいる世界が違う。少し悲しくなる。
「だからお前さんが自由に生きとる人間に好意とある種の尊敬の念を向けることも知っとる」
ん、あれ。
「俺、お前さんのタイプにピッタリじゃと思うんじゃけど」
なんだろう、今までなかったのに急に生まれた違和感は。
「好いとうよ、だからお前さんのこと知っとったんじゃ」
情報収集というのも、半分は嘘だったらしく。彼いわく「女になるペテンはそうそう必要もないじゃろ?」とのこと。まあ、必須なのはコート上のペテンなのだから、まあそうだろう。それすらも流石詐欺師と感心する。
だから、この後のどんな流れがペテンだろうとも、私は多分恨みはしない。
「だから俺と付き合いんしゃい」
嗚呼本当に。
彼は流れを変えることも上手い。
END
企画サイト「垂直線、平行線」様へ提出。同級生設定ということでした。ちなみにペットのソラは2010年名前ランキング総合一位から取りました。
20110901
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