手紙


窓際の後ろから二番目の席、そこが今回くじ引きで決まった私の席だ。前じゃないから先生の視線が気にならいし、窓から景色がよく見えるし、そして一番後ろではないから提出物回収もさせられずに済む、一番恵まれた席だと思う。朝のホームルームで机を各自移動させたあと、一時間目の国語がそのまま始まった。個人的には暇な授業だ。テスト前に付属のドリルを暗記すれば平均点は取れる。早速窓際であることを活用して散歩している犬を見ていると、脇腹に小さい何かがトントンと当たった。一瞬先生に注意されたのかと思ったが後ろの席は誰かを思い出し、急いで後ろに手を伸ばす。当然のように手に乗せられた四つ折りの紙。私は授業中に手紙のやりとりをするのが結構好きだ。そういえば前々回の席のときは授業中の先生の似顔絵合戦なんかもしたっけ。


『今夜俺の家来れんだろ。何か食べたいものあるか?』


丁寧な文字でつづられたそれに思わずふふっと笑みを漏らす。今日は前もって両親に友達と外食すると伝えてある。本当は彼氏の家でご飯を食べることなんだけど、一応まだばれてない、と思う。全然つっこまれないし。
さて困ったな。人様の家にお邪魔するのだからメニューを決めるなんて恐れ多い。しかし相手からしてみれば「なんでもいい」は一番困るだろう。『イタリアンがいい! パスタとかマルゲリータとか』ささっと書いて腕を回すと相手はずっと見ていたのだろうすぐに気付いた。一分くらいで返事が来る。どれどれ。


『お前いっつもそれだな。正確にはミートソーススパゲッティなんだろ。了解』


なるほど、バレてたのね。私はパスタ系が大好きで、聞かれるたびに同じようなことを言っている。牡蠣のクリームパスタも捨てがたいけど、一番はミートソースかな。最初は「子供っぽい」と馬鹿にされたが「俺も好きだぜ」と言ってくれた、最初の外食を思い出す。
これで手紙は終わらしてもいいが、何せ暇だ。それに向こうだって嫌ならこういう話は休み時間にでもするはずだ。『流石ダーリン、わかってる〜♪ 放課後楽しみだね』
口では絶対言えない台詞を綴ってみた。うん、我ながら恥ずかしい。でも折角書いたし先ほどと同じように後ろで手渡す。
そのあと私はこの席に少し不満をもった。これでは相手の表情が伺えない。横隣の席だったらもっとよかったのに。


「麻倉……おい麻倉! 聞いているのか、授業中にぼけっとするんじゃない。お前の番だ、早く読みなさい」
「え、あ、はいすみません!」


どうやら朗読がこっちにまわっていたらしい。先生の声に焦って立ち上がると、座ったままでいいと怒られた。集中していなかったのがバレバレだ。全く聞いていなかったのでどこで終わったのかわからずあたふたすると後ろから「54ページの2段落目だ」と心地よい低音ボイスが教えてくれた。




***




「もう! 肩でも叩いて教えてくれたらよかったのに。気付いてたんでしょ?」
授業終わりの礼をした直後私はぐりんと後ろを振り返って彼氏の顔を一時間ぶりに見た。
「何をしてても授業はきちんと聞いておけ。というよりあんな文面見せられたあとにそんな親切心起きるか」
彼氏である跡部圭吾はちょっと嫌そうに顔を顰めていたがそれでも十分美しいと思ってしまった。しかし相手は怒っているから一応謝る。
「あ、やっぱダーリンはうざかったよね、ごめんごめん」
「……いや、悪くないかもしれねえな。よし、次からそう呼んでみろ」
「いやいやいや、冗談だって」
「こっちは本気だが」
「すみません調子に乗りましたもうしません許してください」
「……フン、結婚後の楽しみにとっておくのもいいか。覚悟しておけ」


思いがけないワードに自分の顔が火照るのがわかる。


「なんだ、何か妄想でもしてんのか?」
「なんでもない! ねえ、夜楽しみだね」
「……そうだな」

そして私はきょう一日全く授業に身が入らなくて毎時間跡部に怒られた。


END
20141014


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