指切りげんまん


「ねえ跡部、十月四日で空いてる時間ある?」
九月の末、二人でのんびり休日を過ごしていると唐突に、いや本人はいつ言おうかずっと様子を伺っていたんだが、とにかくちょっとでもいいんだけどと控えめにいう女に俺は景色を見ていた目線を相手に合わせる。今まで誕生日パーティーといえばいろんな関係者がホールに集まり挨拶を兼ねつつ互いの利益のために交渉する場、だと思っていた。学校にいれば雌猫どもがうるさいだけだしな。しかし部活の奴らに祝われ少しは誕生日を祝いたい人間の気持ちはわかった。そして中学三年の今、俺には彼女がいる。

「や、やっぱり家族で祝ったり部活で集まったり色々あるよね」
俺が一言も喋らなかったからだろう、彼女となって初めて迎える誕生日の前に紫帆は誤魔化すように笑った。
「まだ何も言ってねえだろうが。何勝手に一人完結してんだよ」
「だ、だって」
無言だし、真顔だし。紫帆は口ごもるが俺は別にこわいと思われる人間じゃあないと思うんだがな。
「夕方までは部活があるが、それ以降なら空いている」
「え、でも夜はご家族で……」
「家族で誕生日なんざ祝ったことねえよ」
宍戸や忍足なんかから話を聞く限り、俺は家族に誕生日を祝われたことがない。プレゼントは貰うし豪華な食事も出る。しかし隣で祝ってくれるわけではない。一緒に一日を過ごしたことの方が少ない。だからそんなのにわざわざ付き合う必要はない。当然のことだったが紫帆は目を見開く。
「嘘!? そんなのひどいよ……」
「別にひどくねえよ。働いてんだし」
「じゃあじゃあ、これからは私が祝ってあげる。生まれてきてくれた感謝を伝える日なんだから、一人でいちゃダメよ。お願い、一緒にいさせて」
さっきまで控えめだったというのに一度喋ると大胆になるからわからない。だが、素直にうれしいと思えるのは俺もこいつが好きだからなのだろう。

「ああ」
「嬉しい! 約束ね」
子どもみたいに指切りを交わした感触は今でも忘れない。



***



あれから十数年たち、一言でいうと子どもの約束はうまくはいかなかった。あの指切りをした年の誕生日はひたすら幸せだったな。今までパーティーといえば知らないような人間までが勝手に集まって社交辞令をいうようなものだと思っていたが、紫帆のお蔭で一般的な誕生日、小さめのホールケーキに部屋の紙飾り、一つ一つが自分のためにしてくれたことだと思うと全てが愛おしかった。だが、中学を卒業し辛うじて大学までは二人の時間が確保できたが、仕事をはじめるとそうはいかなくなった。若くして社長になってからはもう無理だった。仕事が入った、すまない。そんな台詞を重ねても紫帆は文句一つ言わずに送り出してくれるが、彼女はあの指切りのことを忘れてしまったのだろうか。いや、続けさせないのは俺のせいなのだが。そのくせ社長の誕生日パーティーというよくわからないものが会社を通して開かれるからたちが悪い。そんなことをする時間があるなら紫帆と……そう言えないのは大人だからだ。








「おかえりなさい」
「ああ…………お前、この料理どうした」

社長になって初めて夜に空きができた。しかし当日決まったことなのでいきなり言う方が迷惑かと連絡もしなかった。なのにそこにあるのは、いつも以上に豪華な食事に、あのときと同じような部屋の飾りつけ。
「どうしたって、自分の誕生日忘れたの?」
「だけどよ、今日仕事かもしれないって言ったろ……もしかしてお前」

毎年毎年準備してくれていたのか? いつ帰ってきてもいいように。

俺の言わんとすることがわかったのか、気にしないでと紫帆は笑う。
「だって、約束したじゃないの。ほら、そんなところでつったってないで、早く食べましょう。スーツも脱いでくる? リラックスして楽しまないとね」

すまない、どうにかしてそう伝えたいが紫帆はそれを許さない。恐らく料理を用意して、俺が帰ってこなかった数年間、紫帆はその食事の始末を決して良い気持ちでしていたとは言えない。それでも嫌な顔一つせずに、翌日帰ってきた俺を温かく迎えてくれるのだ。だから俺は安心して家を任せることができた。そんな紫帆に言うべきことは謝罪ではない。

「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます。お誕生日おめでとう」


あの指切りは、こうして今も続いている。



END
20141004


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