小説 | ナノ




あの日の彼女の姿が、まぶたに焼き付いて離れない





「ソラ。もう帰るの?」

「あー。
やることやったじゃん?」



何も身に纏わないユナさんは、シーツにくるまったまま、俺の方を見て少しむくれた。



「冷めてるソラ君やだー。」

「そんなこと言わないでよ。ユナさん。」



むくれたユナさんに顔を近づけて、そっとキスを落とす。



「もー…ソラ君ずるい。
愛してるって言ってよ。」

「はいはい。愛してますよ」



えへへ。と幸せそうに笑うユナさんを見て、帰ろうとケータイと財布だけをポケットにしまう。



「じゃ、ユナさんばいばい。」

「まったねー。」



外は真っ暗。
午前零時をまわった夜中は、いくら春とはいえ、ほんの少し肌寒い。

家に帰ればシノがいるし、あいつはまだ寝てないだろうから、お風呂でも入れといてもらおっと。

スマホでシノ宛てにメールを送ると再びポケットにしまい、真っ暗な夜道を一人歩いて帰る。








俺はそのとき気付かなかったんだ。
いつもならすぐに帰ってくるメールに、返事がこなかったことに。








いつものように家に帰ると、なぜだか真っ暗な部屋。
そのときに、メールの返信がないことに気づいて、違和感を抱く。

だけどそれは。



「シノー…?
寝てんの、か…?」




一瞬で。消え去った。




「…え?」




カチッと電気をつけた瞬間、何が起こったのか理解できず、手に持っていたはずの荷物が音を立てて床と衝突した。



「…ウソ、だろ…?」



家を出る前と、今では、部屋が殺風景すぎた。
嫌な予感が体中をめぐる。



「っ、シノ!」



今なら間に合う気がした。
この嫌な予感が嘘だと、証明してくれる気がした。

靴を脱ぐのさえ億劫で、乱暴に脱いだ靴は在るべき形でなく横向きやら裏向きやらになっていたけど、そんなことに見向きもせず走る。



「シノ!」



3LDKのアパート。
見るところなんて、そう多くない。

全部の部屋を開けっぴろげにして、やっとどこにもシノがいないことを理解した。


ふと顔を上げると、俺とシノの写真を飾っていたボードに目が入る。
そこには、たくさんの画鋲の後と明らかに枚数の減った写真たち。

シノとの2人での写真の一枚もないボード。



「…し、の…」



残った写真の中で唯一シノが写るのは、中学の卒業式のクラス写真。
今よりもずっと小さな俺とシノの満面の笑みがそこにはあった。




_____初めは、純粋にシノが好きだった




明るくて、いつも笑ってて。
女のくせに、男みたいに負けん気が強くて。

そのくせ、自分のことは後回しで人を持ち上げようとするアホみたいな優しさに、俺は恋をした。


純粋に、シノが好きだった。





高校生になって、お互い違う高校に通うようになって1年が経った頃。

たまたま仲の良かった女の先輩が、男に振られて投げやりになっていて、慰めるかのように抱いた。


そこからだ。
そこから、俺たちのが歯車が狂い出した。

そこから、だった。
俺とシノの関係が、少しずつ狂い始めたのは。



シノのことが嫌いになったわけじゃない。
大切だったし、守りたかった。

でも、俺はオンナというものをシノ以外の女で知って…

シノを抱かずに、彼女を抱かずに、他の女を抱いた。




「…自業自得にも、ほどがあるよな…アホすぎだ…」




引け目もあった。
でもそれは初めだけ。

麻薬のように手を染めて、シノとの時間を蔑ろにして。

放っておいても、シノは俺以外を好きになることはないと決めつけて、



ーー「好き。ソラ」



シノの愛の言葉をはぐらかした。



どうして。
どうして、他の女には返せた愛の言葉が、シノには返せなかったのか。

そんなの、一つしかない。


他の女と同じにしたくなかったんだ。

シノは特別で、他の女は…。



そんなの自己満足にしかすぎない。





「ごめ、…っ」




ーー「俺たち、何年先もずーっと一緒にいる気がするんだ!」

ーー「あたしも、ソラ君のいない未来なんてありえないよ。」



頭の中を中学の頃の会話が突如流れ出す。

ハッとしてダイニングにある机上を見ると、1枚の手紙と1つのハコがポツリと置かれていた。

勢いよく手紙を手に掴んで目を通す。





『 ソラ君、ごめんね。

あたしは、ソラ君とあたしの信じた未来を、守れなかったよ

壊してごめんね 』





これは、現在の俺に向けての手紙じゃない。
あの頃の。
シノと笑いあっていた過去の俺宛ての手紙だ。



壊させた。
シノは、何も悪くなかったのに。



隣に置かれていたハコを開けると、今まであげたアクセサリーが何個も入っていて。

その中には、付き合い始めた記念にあげた初めてのお揃いのブレスレットもあった。



君は…。
君は、全部、あのときから知っていた。

初めて俺がシノを裏切ったあの日から、全部抱えさせてた。




「ッ…、」




どうして。どうして。
気付いていたのに。

君の限界が近いことを、ずっと前から薄々感じていたのに。

それがラストチャンスだと、確かに感じ取っていたはずなのに。




「し…っ、の…、」




優しく笑うシノの目に、暗い闇があったこと。

いってらっしゃいという声が、徐々になくなったこと。

シノの俺を呼ぶ音が、少しずつ紡がれなくなったこと。

シノの腕が、俺に触れることがなくなったこと。

シノの心が、悲鳴をあげていたこと。



全部全部、本当は気づいていた。

それでも。
俺は、シノが離れて行くはずがないって、信じてやまなかったんだ。



ポタリと頬を伝う雫が床に垂れる。
体から力が抜けて、床に座り込む。

手が力なく垂れ下がると、何かが手にあたる。




「…っ!!」




破かれた写真の欠片。
きっと、シノが写真を捨てるときにたまたま落としたもの。

でも。どうして。
どうしてそれが…




ーー「ソラ!チューしましょ!」

ーー「元気よすぎ。シノ」

ーー「好きアーリ!」


____カシャ、



ーー「チュープリは恥ずかしいので、チュー写メ!」





最初で最後の、シノとのキス写メなんだよ…?

写真自体は破かれていて、お互いの顔は半分以上なくなっているけれど、ほんの少しぶれた下手くそな写真。
それが確かに、唇が重なってるものであることは間違いない。




これを奇跡と呼ぶのなら。

これを運命と呼ぶのなら。




ーー「ソラ。
勝手にチューしてごめんね。
あたしの初チューはソラにしたかったの。」




あの日の君の姿が、まぶたに焼き付いて離れないおれを。

大好きだからごめんね、と謝る君の姿が忘れられない俺を。

あの時の俺だけでいいから。


どうかどうか。
消させてください。







(初チューは俺がいいと笑う君が)
(本当に愛おしくて)

(だからこそ)
(あの日あのときの俺を)

(君の中から抹消して欲しかった)






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