小説 | ナノ




退屈しのぎ、だったはずなのに。







知ってた。知ってたよ。




「あ…っ、」




君の喘ぎ声も。


君の想い人も。




「アッだめぇ…っ、」




郁也。




切ない声で呼ばれるその名前は、俺の名前じゃなくて。


それでもよかったのに、今じゃそれが一番苦しくて。






どうして。どうして俺じゃないの?


とか、言えるほど、俺はガキっぽくはなれない。






もう、三十路だ。あと、2年で。




目の前にいる違う男を見る少女は、まだ20を過ぎたばかり。


8歳差、という年の差。








本当は誰よりも彼女が欲しいのに。


彼女は誰よりも遠い。










「先生、ありがとう。」


「いや、俺の方こそありがとな。」






行為が終われば、俺たちは生徒と先生で。


他のなんでもない。




留学生である彼女は、日本にいる同い年の男を好きで、割り切るためにやってきた、と初めの頃に聞いた。






でも。


彼女は、割り切るつもりなんてきっとどこにもない。


割り切れる、なんてありえないだろう。



かくいう俺も、始めは退屈しのぎというやつで、忘れさせてやる、なんて言いながら、都合のいい女として使っていたわけで。



体を重ねれば重ねるほど、愛おしさが増していく。

だけど。

体を重ねれば重ねるほど、彼女の中の"郁也"という存在を嫌でも強く感じさせられる。




お揃いのネックレスをあげても、指輪を買ってあげても、彼女は頑なに受け取ろうとはしない。

束縛アイテム、だなんて本当だな。

まあ、束縛さえさせてもらえないのだけど。



所有印のように付け続けるキスマークは、ただの鬱血でしかなくて。

彼女には、全く意味をなさないのだ。



…退屈しのぎ、だったはずなのに。



いつのまにか本気で惚れていて。

捕まえようと躍起になって。








…きっと、郁也君には敵わない。

この恋は、叶わない。













「終わりに、しないと、な。」








ポツリと静まり返った部屋の中。

呟いた言葉は永遠に彼女の元には届かない。









(ケータイから)
(彼女の名前を)
(削除した)




prev - back - next