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「中大路くーん、居てるかー。…あ、こんな所におった」

大きな声が部屋中に響き渡る。紅葉ちゃんと喋りながら、練習後の部屋の掃除をしていたため、気がつくのが遅くなってしまったみたいだ。
関根さんは障子を僅かに開いて此方に顔を覗かせる。

「何でしょう」
「練習用の読み上げ機、壊れてしもたんや。替えある?」
「確か物置に一つ。取ってきます」
「僕も一緒にいくわ」

関根さんは大会を目前に控えているので、もう少し練習をしたいのだという。自分たちが使っていた読み上げ機を貸しても良かったのだが、少し前に別の人に渡してしまったのだ。紅葉ちゃんが、うちも行く、と立ち上がったのだけれども、彼の後ろにゆらりと動く影が見えた。──執事の伊織さんだ。どうやら次の習い事へ行くためのお迎えらしい。渋る彼女を玄関まで見送ってから、改めて二人で物置へ向かった。
お手洗いのすぐ横にある扉を開くと、棚にすっかり埃を被った読み上げ機がある。高い場所にあるので、関根さんに取ってもらい、さっと布で汚れを払う。入り口のすぐにあるタップへコンセントを差し込んでみた。が、しかし、どうやらそれも壊れてしまっているらしい。電源がつく気配すらない。

「…あかんか。まあ、型も古い読み上げ機やったしな…」
「鹿雄先生へ新しいもの買うて貰える様、頼んでおきます」
「うん。──せや、今日の所は中大路くん読んでくれへんか」

思わぬ関根さんの申し出に、え、と聞き返す。いや、読む分には一向に構わない。けれども、普段読み上げ機から聞いているものは一流の読手のものだ。そして普段の練習ならばいざ知らず、彼の今日の練習は大会に向けた追い込みのもの。あくまで選手である私は、殆どまともに『読む』をしていない。試合前にそれで良いのか躊躇ったのだ。そんな戸惑いにも拘らず、拒否を見せない私を見て決まりや、と手をしっかりと引いて歩き出した。
畳に並べられた札を見る。普段とは異なる状況に、すっかり慣れた部屋に居るにも拘らず緊張していた。最近は余り手に取る機会も少ない読み札に触れる。練習を終え、帰ろうとする会員が一人、二人と周囲に集まり始めた事もあり、益々胸が痛くなる。引き受けてしまったものは責任をもってやらなければならない。──大きく息を吸って、そして。

『 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき 』






取り札も両者合わせて数枚になる頃。観衆はいつの間にやら会員の半分の人数ほどに膨れ上がっていた。その中には鹿雄先生の姿もある。──今、先生の顔を見ればきっと頭の中が真っ白になってしまう。手元の札に、自らの役割に集中しなければ。部屋の中に自分の声と、札を弾く音、着物と畳とが擦れる音だけが響いている。
漸く二人がすべての札を取り終え、練習試合は幕を閉じる。関根さんの圧勝がきまっていた。外はすっかり暗くなっている。ふと、自分の手を見れば緊張でしっとり湿っていることに気が付いた。ハンカチで拭ってから読み終えた札を整え、箱にしまう。関根さんと、練習相手の嵯峨野さんからも山になった札を受け取ろうと手を伸ばしたとき。

「遅い時間までおおきに。──それにしても驚いた。君、読手向いてるんと違うか?」

と、関根さん。

「あ、ありがとうございます……?」
「お世辞と違うで。ここにあるカセットテープより良かったわ」

満足そうにしている彼を見て、ああ、どうやらどうにか上手く行ったようだとほっと胸をなでおろす。ざわざわとした部屋も、片付けをしているうちにすっかり人も減り、掃除用具入れから箒を持ってくる頃には私と、関根さんと、鹿雄先生の三人だけになっていた。関根さんは先生へ、今の練習試合に基きながら助言を聞いている。初めは立ちながら話していたのだけれども、急に二人が座りだす。どうやら長くなりそうだ。部屋の隅の座布団を手渡すと本格的に腰を落ち着けた。──飲み物でも出そうか。掃除を手早く終え、台所へ向かいお茶を淹れる。部屋に戻れば、今度は片付けたはずの札を並べだしていた。湯呑みを側へ置きながら、これは思ったよりも長引きそうだと思った。時刻は21時を回っている。何か連絡が来ているかと、普段お手伝いさんへ連絡する為に持たされている携帯を見たけれども、特に何かあるわけでもない。光る画面をぼんやり眺めていると、先生と関根さんが立ち上がった。どうやら話も終わったらしい。

「ななしくん、迎え呼んだんか」

唐突に、鹿雄先生が壁掛け時計を見ながら呟く。

「いいえ、まだです。これから呼ぼうかと」
「関根くん、ついでに送ったってくれるか。──一寸ななしくんにも話があるんや」
「ああ、構へんですよ。話終わったら来てください。先に車乗ってます」

私の意思など特に確認もなく、関根さんは用意したお茶をぐっと一口で飲み干すと、鞄を持って先に外へ行ってしまう。
──鹿雄先生と思いがけず二人きりだ。先日、阿知波夫妻を送ったとき以来、練習に来れていなかった事もあり、まともに会話をしていない。

「──何を緊張してるんや。取って食ったせえへんから、まあこっち座り」

鹿雄先生は相変わらずの調子だった。あの時交わした会話など、取るに足りない事だったのだろうか。──先生の私物を覗き見した、莫迦な弟子だと思われただけだったのか。恐る恐る、先程まで関根さんの座っていた座布団へ正座をする。

「帰ってきたら、何故か読み上げ機から出る声と違う読手の声が部屋から聞こえてな。──君の声や」
「読み上げ機が壊れてしまって。…急遽頼まれたんです」 
「そうやな、関根くんからもさっき聞いた」

関根くんも君があんなに読めることを知らんかったみたいやな、と笑う。『あんなに』、と云うのは褒められていると捉えて良いのだろうか。どうやら話はこの間の写真の件に言及するわけでは無いようだ。それならば、話はどこへ向かうのか。


「──ななしくん、単刀直入に聞くわ。選手やのうて、読手になる気はあるか」
「え」


思いがけない言葉が鹿雄先生から告げられる。


20170516