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「名頃先生。春の新商品に出てるビデオカメラ、めっちゃええです。試合の記録用に買いませんか?」

関根くんの言葉に押されて記録用のビデオカメラを新しくした。今まで使っていたものは、自分の叔父のお下がりで、度々会員から苦言を呈されていたしちょうどいい機会だった。
関根くんには、自分がこの家を譲り受けたばかりの時にエアコンなどの家電を選んで貰ったことがある。ほんとうに自分にとって使い勝手の良いものばかりを見繕ってくれるため信頼している。
新しいビデオカメラは、前のものより随分と軽いので長時間の録画でも疲れにくい、手ブレを自動補正してくれる、解像度も上がっている……良い所ばかりだ。
説明書を片手に満充電したビデオカメラの電源を入れた。どんなものもまずは慣れなければいけない。丁度目の前には弟子達が練習試合をしている為、試し撮りをする対象に不足はなかった。構えて、ゆっくり左右に動かしてみた。なるほど確かに映像のぶれが軽減されている。
モニター越しに見る光景はふだんとは違う。変わらず部屋を見渡せる場所に腰を下ろしているのに、まるで自分だけが他所から皆を眺めているような、取り残されているような心持ちがするのは何故だろう。
ふと部屋の隅の方へ体を向けると、ななしくんが一人座っていた。休憩時間の為に茶菓子や湯のみを用意している。拡大してみるとちゃぶ台には自分の好きな羊羹が一切れずつ載せられているのを見つけた。
ビデオカメラを傾けるとふとななしくんの横顔だけが映る。こちらを意識しない飾り気のない表情だ。伏目がちでいるので憂いを帯びて、妙に一人前の顔つきに見える。形のよい耳には愛嬌毛がかかっている。それが彼女にとって邪魔だったのだろうか、こそばゆかったのか、指先で髪を耳へかける仕草をしたとき。
突然ななしくんはこちらを見た。はっきりとモニター越しに目線がかちりと合ったのだ。
何も云えず、顔をあげることも出来ずただ釘付けでいた。逸らすことがかなわなかった。後ろめたい事をしていた訳では無い、ただの試し撮りだというのに、心臓の鼓動がやかましくなる。
ななしくんはといえば、驚いた様子は無かった。ただ口元をほころばせた。嬉しそうに、何か慈しむ感情を孕んだ瞳が潤んでいる。それにたまらずはっと顔を上げたとき、彼女は既に立ち上がっていた。一切何も気に留めていない。そうなると、こちらを見たのか、目線が交わったことすらも怪しいではないか。あの表情は自分へ向けられたものだと一瞬でも期待をした、それがただ愚かに思えてきてならないのだ。
俺は停止ボタンを押した。
このビデオカメラに一番に保存された五分にも満たない映像は、ただの試し撮りだ。機械が不得手な自分でも十分に扱えることが分かったのだ。そうすれば、これは不要のデータになる。モニターに指先で触れると選択肢が現れた。削除、の二文字が浮かんでいる。
 
「鹿雄先生、お茶にしませんか」

ななしくんが話しかけてきた。いつも直ぐに側には来ない。一歩離れて声を掛ける。正座をした彼女の膝の直ぐ側には先程のお盆があって、自分が気に入って使っている湯のみが載せてある。湯気がゆらゆらと立ち上っていた。
 
「もうそんな時間か。今日のお茶請けは何やろ……饅頭かな」
「違います。芋羊羹です、先生の好きな……」
「へえ、そら嬉しいなあ」

俺はゆっくりモニターを閉じて、電源を落とした。

20180622