×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




──とある家政婦の回想

 
「ななしさんが中大路家に養子に貰われてきたばかりの頃のお話を致します。あれは、確か秋の終わりでしょうか。近所の公園の銀杏の木が丸裸になっていたので、恐らく冬に近かったでしょうね。ななしさんは物静かなお子様でいらっしゃいましたよ。言葉を話すのも少し遅かったようです。どちらから貰われてきたのかは私も存じ上げませんけれども──奥様の親戚筋だとか、旦那様がお妾を孕ませたとか──憶測であれこれ申し上げるのは止めておきます。詮無いことでございますから。」

「ななしさんはとても聞き分けの良いお子様でした。奥様の言うことをはい、はい、と頷くところしか見たことがありませんもの。それでも、奥様のご病気と言いましょうか──時折ヒステリックを起こされますのよ。そうしたらもう誰にも止められません。ななしさんがお琴の練習でほんの少しでも弾き間違えようものなら、平手で頬を強く打つのです。真っ赤に腫れ上がった頬をそのままに、お琴の前へ戻るななしさんはいじらしいといいますか、気の毒といいますか……。」

「そんなななしさんが、ある日を境に変わりました。
きっかけは、そう、あれはななしさんへ競技かるたを始めさせたらどうか、と旦那様が奥様へ申し上げたからです。奥様は有名な競技かるたの選手でいらっしゃいましたし、至極当然の流れでしょうか。奥様もはじめは大層お喜びになりました。──そして、近所に名頃会という無名のかるた会がありますのを、奥様はふと目に留めました。その日のうちにななしさんとお二人で見学へ行かれたそうですよ。奥様は皐月会の会長様ともお知り合いのようで──名頃会は、元々皐月会に在籍経験のある方が会長をされているとのお噂もあってご期待をされていた様ですけれども。名頃会は見ての通り、小規模のあつまりでした。奥様は一通り練習を見たあと、やはり皐月会へ入会を……と思ったようなのです。」

「しかし、初めて、ななしさんが自分のご意見を仰いました。会長の名頃鹿雄さんへ懐いていらっしゃったようですわ。控えめなななしさんが、あんなに嬉しそうに笑われるのを、わたくしはついぞ見たことがございませんでした。」

「名頃さんのことを、わたくしはあまり存じ上げません。ただ、一つ印象的な出来事がございました。あれは桃の節句に、うちの雛飾りを見せたいからとななしさんが名頃さんをお家へ招いたときのことです。わたくしと一所懸命飾り付けをしてくださったななしさんは、名頃さんと嬉しそうに雛飾りを眺めていました。
その時、ふと、ななしさんはこの雛壇はいつまで飾っているのと仰いました。わたくしは、はあ、桃の節句が終わったらすぐに片付けるのがきまりなのですよ、と返しました。するとななしさんは女雛を抱えてどこかへ隠れてしまいました。よほど長く飾っていたかったようです。」

「それからすぐ、ななしさんを探しましたけれど一向に見つかりません。その時名頃さんは焦りもせず、わたくしへこの家の中で一番暗い場所はどこかと聞きました。すかさず、土蔵ですと返しますと名頃さんはすぐに土蔵へ向かいました。ややあって、ななしさんが手を引かれて戻ってまいりました。その時のななしさんは──ふしぎと恋をした少女の眼差しをしておりました。間違いないように思います。」

「ななしさんは名頃会へ入ってから、競技かるたを始めてから、表情が豊かになりました。お友達も出来たそうです。なんでも、大岡家のご令嬢だとか──。そして何より、名頃さんに出会ったことがななしさんを大きく変えたのかもしれません。」

「近頃のななしさんはお帰りが遅くなりました。時折、わたくしたちへ迎えを頼まず関根さんや、ご友人の大岡家のご令嬢のお車で帰ってくることがあります。奥様からは、ななしさんの何か細かなことでも万事報告するようにと仰せつかっておりますけれど──そんな事、どうして出来ましょうか。」


20180328