SHORTSHORT | ナノ






神様、あのね。
前略、神様。

 先に言っておきます。私は神様なんて信じていません。
 それなのに神様宛てに手紙を書いている事については、この際気にしないで下さい。
 実は私もよく分かっていないので、気にされても困ります。
 とりあえず神様、もしあなたがいるというのなら読んで下さい。
 長い長い手紙ですけれど、神様に慈悲の心があるなら、最後まで読んで下さい。
 神様、あなたにお願いがあるのです。



もしも願いが叶うなら。

 いきなりですけど、神様。
 あなたは誰かに「願いを叶えてあげる」と言った事はありますか?
 ああ、神様が直々にそんな事を言わなくても、いつも何かをお願いされているのは分かっています。
 ちょっと聞いてみたかったんです。くだらない好奇心です。
 神様は、願い事の内容を覚えていますか。
 どんなものが多いですか。
 願い事は国や性別、年齢によって違ってくると思うので、対象を日本の女子高生に絞って教えて下さい。
 もっと痩せたい、ですか?
 月曜日よ滅びろ、ですか?
 ゆっくり寝たい、ですか?
 テストよ消えろ、ですか?
 ……えっと、私が思いつくだけでもたくさんあるので、さらに恋愛関連に絞ってお願いします。
 やっぱり、あれですか。
 格好良い男の子との出会いが欲しい、ですか?
 アイドルやモデルみたいに可愛くなりたい、ですか?
 モテモテになりたい、ですか?
 ちょっと危険な恋愛がしてみたい、ですか?
 ライバルに勝ちたいとか、ずっと一緒にいたいとか。
 ……両想いになりたい、とかですか?
 いつも思うんですけど、それって少し意地悪なお願いですよね。
 夢見がちで、男の子も女の子も困ってしまうんじゃないかなと思うんです。
 だって、格好良い男の子との出会いが欲しいっていう事は、周りの男の子が格好良くないって言っているみたいじゃないですか。
 それって、外見しか見ていないって事ですよね。
 アイドルやモデルみたいに可愛くなったって、デメリットばかりじゃないですか。
 神様は知っているのかもしれませんけど、女の世界は厳しいんです。
 可愛い子は、女の子に嫌われる事が多いです。
 モテモテになったら、他の女の子との関係が上手くいかないじゃないですか。
 現実は昼ドラよりもドロドロなのです。
 危険な恋愛なんかしたら、周りに迷惑がかかるじゃないですか。
 あ、ちょっと聞きたかいんですけど、これは命の危険ですか?
 それとも、大人な意味での危険ですか?
 命の危険は絶対に嫌だし、大人な意味での危険も嫌です。
 これは私が古風なだけ、かもしれませんけれど。
 ライバルに勝ちたいというのは相手を傷つける願い事だし、一生一緒というのは、進路でもめそうな気がします。
 両想いになりたい、なんて、神様が相手の心を操って叶えてしまったら最悪じゃないですか。
 その願いが叶えられていたなんて知った日には、私は耐えられません。
 こうして書いていると、なんだか自分達がすごくわがままなんだなあと思います。



もしも未来が分かるなら。

 話は変わりますけど、神様。
 神様は、未来って分かりますか?
 人間が未来を知りたいと願ったら、神様は教えてあげるのですか?
 もしそうだとしたら、神様、あなたはものすごく苦労人ですね。同情します。

 だって、ですよ。
 恋人達が未来を覗いた時、どちらかが死んでしまっていたら。
 きっとその二人は神様に「ふざけるな」って怒りますよね。
 でも、ですよ?
 よくよく考えたら、死ぬ瞬間まで一分一秒も違わないカップルなんて、不気味じゃないですか。
 一生一緒、死ぬ時も一緒なんて、最初から無理なんです。
 結婚してずっと一緒にいたとしても、どちらかが先に死んでしまうのは当然の事です。
 それなのに怒られるなんて、本当に理不尽ですよね。
 他にも、たとえば恋人達が未来で別れていたとするじゃないですか。
 そうしたら、その恋人達は未来でも別れないようにしろって脅してくるかもしれません。
 その言葉を叶えてしまったら、その周りの人や、未来に会う予定だった新しい恋人の人生までメチャクチャになりますよね。
 叶えられないと言えば、逆恨みされちゃいますよね。
 現在片思いの人が未来を見て、恋が叶わないと分かったら救いようがありません。
 自暴自棄になったり、自殺してしまうというのはまだマシだとしても――まだマシ、ですよ――、最悪のパターンとして、思い人を殺してしまうかもしれません。
 神様はまさかと思うかもしれませんけど、痴情のもつれで殺人事件が起きる事、実際にあるんですよ?
 自分のせいでそれが起きるのって、神様も嫌ですよね。
 実際には神様のせいではないのでしょうけど、きっかけにはなりますよね。
 世間やマスコミは誰も神様のせいにはしないでしょうけど、当事者は神様を責めるんだろうと想像したら、神様が不憫でなりません。
 もし神様がその人達の望む未来を見せてあげたとしても、それが嘘だとばれた時にはやっぱり恨まれちゃいますし。
 それ以前に、教えた時点で未来が変わってしまう気がしますし。
 どちらにしても結局神様は恨まれるか、恨まれなくても気苦労が絶えないんでしょうね。



もしも願いを叶えたら。

 ところで、神様。
 神様って、本当に願いを叶えてくれるんですか?
 よく考えると、色々ややこしいんです。

 たとえば、三角関係があったとします。
 男の子を巡って、二人の女の子がライバル関係です。
 二人は神様に、両想いになりたいと願いました。
 この場合、神様はどうするんですか?
 まさか神様、好みの女の子の願い事だけを叶えるとか言いませんよね?
 二人の願い事は、絶対に両立出来ないですよね。
 こんな願い事は、日本全国に満ち溢れていると思うんです。
 全部叶えようなんて無理ですし、人を選んだら神様は平等じゃなくなりますよね。
 そもそも神様、あなたが人を選べる程ずっと私達を見ているなんて思えません。
 地球には何十億人もの人がいるんですから。
 私が神様だったら、生きたいと願う人達に手を差し伸べるので精一杯で、小さな国で不自由なく育った女の子のわがままなお願いなんて聞けません。
 それでも聞いてくれるのなら神様、あなたは職務を怠慢しているのですね。
 こんな所で労力を割くくらいなら、切実な願いを持つ人達を助けて下さい。
 そうすれば、両立出来ないお願いに悩む事も減るじゃないですか。
 ……まあ、神様が本当に願いを叶えてくれるなら、の話ですけど。
 あなたが願いを叶える対象が人間のみに絞られているのなら、の話ですけど。
 そうそう、ふと気になった事があるのですけど。
 人間の世界では、何かを求めれば相応の代償を払いますよね。
 神様にお願いをした場合も、何か払わないといけないんでしょうか?
 まさか無償で願いを叶えてくれるだなんて、それほど甘い考えはしていません。
 お金、ではないですよね。
 神様が「世の中はお金だ、ギブアンドテイクだ」なんて言っていたら、私は幻滅しそうです。
 むしろ、世界中の誰もが神様を崇めなくなります。
 そもそも神様は人間のお金を得ても、使う場所が無いですよね。
 通販でお取り寄せスイーツやゲーム機を買っていたりしたら、面白そうですけれど。
 神様が求める対価って、何ですか。
 さっきの話題を引っ張って来ますけど、その対価を払えばライバルが出し抜けちゃったりするんですよね。
 ということは、持っている人と持っていない人がいるという事ですか?
 もしそうだと言うのなら、私にその対価が払えるのか教えて下さい。
 払えないのにお願いをするなんてわがままな事はできませんから。
 対価が心の清らかさで無い事を祈っています。
 それは私には払えないって、分かっていますから。



願いたいのは彼の事。

 さて、神様。
 色々と思うままに書きましたけれど、本題に入りたいと思います。
 お願いが、あるのです。
 たった一つだけ、お願いがあるのです。
 お願いというのは、私が密かに思う彼の事なんですけれど。
 ああ、早とちりはしないで下さい。
 両想いになりたいわけじゃ無いんです。
 順を追って説明しますから、勘違いしないで聞いて下さい。



私が知ってる彼の事。

 まず、彼について書いてみます。
 彼は、とても不思議な人です。
 自分でもよく分かっていない私の事を、なぜか分かってくれます。
 それなのに、誰よりも私を理解していないんです。
 他人の私の為に、必死になってくれます。
 それなのに、自分の為に必死にならないんです。私が彼の為に必死になりたくても、させてくれないんです。
 大きな夢を、語ってくれます。
 でも、小さな幸せを探しているんです。
 すごくすごく優しいです。
 でも、誰よりも厳しいです。
 ね、不思議ですよね。
 こんなに矛盾しているなんて。
 それなのに性格がひねくれているわけでも無くて、ごくごく普通に、穏やかに生きています。

 私のクラスメイトで、英語と数学と体育が苦手だと言っていました。
 その代わりに国語は得意みたいで、古典の授業中によく教えてもらいます。
 音楽が好きで、中学の時はクラリネットを吹いていたそうです。
 彼がクラリネットを演奏する所は見た事が無いけれど、きっと優しい音が出るんじゃないかなと思います。
 クラリネットの音色はよく分かりませんから、想像ですけど。
 話を聞く時に、私の目をまっすぐに見てくれる人です。
 話をする時にも、私の目をまっすぐに見る人です。
 挨拶が出来る人です。
 「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人です。
 誰かの為に怒れる人です。
 誰かの為に泣ける人です。
 すごく誠実なのに、時々嘘をつく人です。
 私がその嘘に騙されると笑って、からかって、最後に「ごめんね」と謝ってくれます。
 私が彼について知っているのは、こんな事です。
 これが、私が知ってる彼の事です。



彼の事を書く次第。

 彼がどういう人か分かってくれましたか、神様。
 もう少しだけ、私の話を聞いて下さい。
 彼と私の事です。
 私は、彼が好きです。
 彼の前では、情緒不安定になってしまいます。
 名前を呼ばれただけで、頭が熱くなります。
 話すだけで、顔が赤くなります。
 姿を見られただけで、一日中幸せな気分になれます。
 彼に出会ってから「地に足もつかない」という言葉を実感しました。
 彼とたくさん話したいと思っています。
 でも、実際に彼と話すと言葉が出てこなくて、沈黙ばかりになります。
 彼の目を見て話せません。
 彼を好きになる前は、たしかに出来たのに。
 優しくされているのに、不意に泣きたくなります。
 それなのに、急にイライラしてしまいます。
 自分ではどうしようもないのです。
 こんなにおかしくなってしまうのは、私が彼を好きでも、彼は私が好きではないと知っているからなのかもしれませんね。
 どうしても、わたしは彼の大切な人になれないんです。
 だって彼には、大好きな人がいるんですから。
 見ていれば分かります、彼は彼女をすごく優しくて切ない目で見ているんです。
 全力で恋しているって分かるんです。
 ……悲しい事に、彼の思いも届かないのですけど。

 だって、彼の大好きな人にはもう大切な人がいて、彼女の大切な人も彼女を大切に思っているんです。
 つまり、彼の大好きな人には恋人がいるんです。
 だから、私も彼も、大好きな人の大切な人にはなれないんです。
 とてもとても、苦しいです。
 すごくすごく、悲しいです。
 普通は彼の思いが叶わない事を知って、私にもチャンスがあると思うべきなのでしょうけど。
 私も最初は、そう思ったのですけれど。
 すぐにそう思った自分に嫌気が差しました。
 彼の「失恋しちゃった」という言葉に「私も」と答えながら彼の様子を盗み見て、ああやっぱり望みは無いんだなと思って。
 そんな事を考える、最低な私に気づいてしまって。
 ちょっと逃げたくなって、いないと思っている神様の存在を信じてみたりして。
 そして今、あなたに手紙を書いています。



私が願う彼の事。

 長々とお話に付き合ってくれてありがとうございます、神様。
 ここまで読んで下さっていると勝手に想像しているのですが、読んで下さっていますよね?
 色々と書きましたが、もしもあなたが願いを叶えてくれるというのなら、一つだけお願いがあるのです。

 彼と両思いになれなくても、良いんです。
 もちろん、彼が私の事を好きになってくれたらとても嬉しいし、幸せですけど。
 彼が私に失恋を話したという事は、望みは無いという事でしょう。
 それに、私は誰かを思う彼をまるごと好きになったので、無理に彼の心をねじ曲げてまで好きになってもらいたくは無いんです。
 今でも十分、幸せです。
 彼の思いが届かなくても、良いんです。
 だってそれは彼女の恋人が傷つく事になりますし、そんな事を願えるほど私も大人じゃありませんから。
 誰もが心惹かれてしまうような美少女になりたいわけでもありません。
 私が望んでいたのはみんなに愛される事ではなくて、大好きな人の大切な人になる事ですから。
 だから、格好良い男の子との出会いも、モテモテな展開も、ちょっと危険な恋愛も、何もいりません。
 もっと勉強が出来るようになりたい、とか。
 可愛いものを沢山買うお金が欲しい、とか。
 甘い物をたくさん食べても太らない体にして欲しい、とか。
 そういうお願いを叶えてくれるというなら、少しだけ――ううん、ものすごく心惹かれるけど。
 そんな事は神様に願わなくても自分が頑張れば何とかなりそうなので、お願いはしません。
 だから。
 一つだけ、私ではどう頑張っても叶えられない事を叶えて下さい。
 私が大好きなあの人を、見守ってあげて下さい。
 神様は忙しいでしょうから、彼を助けてとか、彼を幸せにしてあげてとか、そういうお願いはしません。
 お願いした後に何を対価に取られるか、分かったものじゃありませんしね。
 ただ、ほんの心の片隅に覚えておいて、ちょっと暇が出来た時に見守って欲しいんです。
 その時の彼が苦労していても、辛そうでも、きっと乗り越えられると信じていますから、絶対に助けてあげないで下さい。
 そうやって、時々で良いから、私の代わりに見守って下さい。
 彼の側にいられない私の代わりに、そっと見守って下さい。

草々


追伸。

 神様、あのね。
 こんな事を書くのは、反則だと思うけれど。
 もう一つだけ、お願いしてもいいでしょうか。

 この手紙を書きながら「本当は彼の大切な人になりたい」と泣いてしまった私がいるけれど。
 「彼の思いが叶わないままでいれば」と願ってしまう私がいるけれど。
 「彼が振り向いてくれるくらい魅力的な女の子にして下さい」と願いたくてたまらない、私がいるけれど。
 こんな醜くてわがままな感情は、ずるくて卑怯な私は、見なかった事にして下さい。
 痛くてたまらない胸も、いつの間にか滲んでしまった文字も。
 あなたの慈悲で、どうか見なかったふりをして下さい。



[*prev] [next#]
[ 16/18 ]

back





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -