01-4



少しだけ道中が静かになったことにより、どん底だったティリの気分は幾分か晴れやかに──なれたら、どんなに良かったことだろう。

相変わらずティリはイライラしていた。イライラの度が行き過ぎて、胃がキリキリと痛み始めているような感覚さえ覚えた。
こちらに話しかけてくる回数自体は減ったものの、サティが何やらずっとぶつぶつ呟いているのだ。そして時折、虫でも振り払うかのように両腕をぶんぶんさせる。

ひょっとすると、こいつは結構やばいのかもしれない。サティは俺が知らない間に、何か病気にでもかかって頭がイカれたんじゃないだろうか……。
ますますこの困った幼馴染みと距離を置きたくなったティリであった。


足早に歩を進めてきたおかげか、あれから祠まではそう長くはかからなかった。
胸の高さまで成長している低木をかき分けて行くと、ぱっと開けた場所に出る。
そこは石畳がきっちりと敷かれており、中央には巨大な岩が組み合わさってできた祠が静かに佇んでいた。おそらく、あの中に結晶石があるのだろう。

石畳の隙間から生えている雑草は見当たらず、落ち葉もごく最近落ちたものを除けば、綺麗に祭壇の脇にまとめられている。こんな森の奥でも誰かが定期的に来て、手入れをしているのがよく分かった。

さて、これからしばらく張り込みをしなければいけない。
どこかに祠から視界に入りにくい、丁度いい隠れ場所はないだろうか……と辺りを見渡したところで、ティリはふと気になった事があった。

「そういえばお前、なんでついてきたんだ?」
「……へっ?」
完全に別のことに気を取られていたようで、サティはきょとんとした顔をした。少ししてああ、と思い出したように、
「俺最初に言わなかったっけ? うちのうっかり店主の忘れ物を取りに来たって」
「叔父さんの忘れ物?」

そーそー、とサティはすぐ横を追い越して行く。
「あーあ、やっぱりここにあったか」
そう言って祠の脇にある小さな灯篭に近づき、何かを拾い上げる。小さな革製の鞄だった。
「掃除に立ち寄ったはいいけど、金の入った鞄忘れるなんてなあ。中身は……あるな。ま、結晶石なんざ狙うような泥棒が、こんなはした金に目をつけるわけねえと思うけどな」

「……今更だけど珍しいな。面倒くさがりのお前が、こんなお使いみたいなこと」
その言葉を聞いて、口をへの字に曲げるサティ。
「俺だってこんな森来たくねえよ。あの女がいるし。けどどっかからフラッときた猫に居候先奪われてたまるかってんだ。けっ!」
「ああ……」
ティリはサティの叔母の顔を思い浮かべていた。
血気盛んな彼女のことだ、怠けているサティにキレて、手伝いをしなければ野良猫を家族代わりにしてあんたを追い出すよ!とか言ったに違いない。

……と、そこで新たに浮上した疑問を口にする。
「あの女って誰だ?」
サティはしまった、という表情をする。ティリは険しい顔をして問い詰めた。
「そいつ、まさか泥棒に関係あるのか?」
「いや、全くないけど。お前は知らんままでいい」
「どういう意味だよ」
サティは腕を組み、ティリをじーっと見ていたが──何か思いついたようで、ニヤッと笑った。
「別に? そのままの意味だよ。お前は視えないんだから、知らんままでいい」
「……みえ、ない?」

ティリが言葉の意味を理解しきる前に、さあて、と急に伸びをするサティ。
「俺は用事終わったし、ここにいても足でまといだから帰るとするか!じゃあなティリ、がんばれよー」
「えっ、ちょっ、サティ!? ちゃんと説明しろよ!」
「えー? お前、きっと後悔するぞー?」
振り返ったサティの顔を見て、ああダメだ、とティリは即座に思った。
完全に遊ばれている。こうなったら真面目に取り合ってなんかくれない。

はぁ、と息をついて、ティリは追い払うように手を振った。
「……わかった。不要だ。お前はとっとと帰って猫と昼寝でもしてろ」
ケラケラ笑っているサティ。
「なんだよ、拗ねるなよー」
「拗ねてない。仕事の邪魔だ」
「へいへーい」
てきとうな返しを投げ、立ち去ろうとしたサティの顔から、不意に笑顔が消えた。
どうした?と問いかけるより前に、ぞくりと悪寒が背中を走る。
辺りの空気が急に張り詰めていく感触がした。

素早くティリは右手に意識を集中させる。パキパキと音を立て、何も無い右手から鈍色に光るものが組み上がっていく。
その片手間に、立ち往生している幼馴染みに向かって話しかける。
「サティ。本当にそのナイフしか持ってきてないのか」
「ああ、悪いな。あとペーパーナイフに期待しない方がいいぞ」
「この期に及んで冗談めかすのはやめろ」
諌めると、サティは少しだけ口角を上げてみせたが、すぐに渋い顔に戻った。

ずしり、と右手に重さが伝わる。
先刻モンスターを威かすのに用いたのと同じ大剣が、ティリの手に収まっていた。感触を確かめるように、2、3回振り回す。
「さすがにその短剣で何かしろとは言わない。俺が引きつけている間に、お前は村に──」
「すごいですネー! 何も無いところカラびっっっくりするほど大きな剣が現れてしまいまシタ! まるで魔法みたいじゃないですカ!!」

突然ティリの言葉を遮って、とんでもなくやかましい声が頭上から降ってきた。

- 5 -
[*prev] | [─#]



TOP / back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -