見えない同居人


いくつもの場所をわたって、いくらかの時間が過ぎた。
結局、人里に降りてもめぼしいものは見当たらず、ふらりふらりと山から山へ、時々は人の前にも姿を現して、人間の半生ほどは彷徨っただろうか。

しばらく留まろうと決めたこの八ツ原と呼ばれる地の、古びた寺。その近くの木から地上を見下ろして、今日もいつものように歩く一人の人間の背を見送った。人の男性にしては長い黒髪がふわりと風に靡いて、近くにいた妖を少しずれた目線で見ていた。それなりに広い森の、それなりに妖がいる森だった。

最近ここに越してきたこの人間は、どうやら視えるとまではいかなくとも気配程度なら妖のことがわかるようだ。その不完全さがどこかおかしく、面白いのでここしばらく観察している。
田沼と言う名を持つ人間はどうやら妖の気に当てられやすいらしい。初めの頃に近くで見ていると次第に体調を崩していった。だからこうして木や屋根の上から離れて見ることにした。
特別見る必要性はなかったけれど、することもない上、どうにも引っ掛かりを覚える為しばらく観察することにしている。それに、人の行いそのものにも興味はあった。

「お前は見えないくせに、私がいることはわかるのだな」

ぼそりと独り言を呟くと、聞こえてはいないだろうに田沼と呼ばれた少年は雨音のいる方へと顔を向けた。相も変わらず、その目は雨音を移さない。

どこか訝しがりながらも、田沼はそのまま“ガッコウ”へとむかって行き、雨音もふらりとその背を追った。

田沼は近づくと体調を崩すが、幸い私は目が良い方の妖だったようだ。通常人であれば認識できない距離であれど、いくらかまでは見ることができる。だから田沼を見つけることも、観察することにも苦労はしなかった。

常であれば八ツ原以外までついていくことはしない。そもそも、そこまで“すとーかー”紛いの行いはしていないつもりだ。だが今日は、特に暇だった。だからたまには、暇つぶしに後を追っていこうと思ったのだ。そもそも、もともとあの寺を根城としていたのは私なのだ。住処を提供してやっているのだから、これくらいかわいいものだろう。

身軽な体を生かして周辺で一番高い建築物の上へと飛び乗ると街の全容がよく見えた。

初めてこの田沼と言う少年を目にしてから、一月ほどが経っていた。




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