another side
ゴースはとても臆病だった。仲間内でも一際臆病で、そのくせ人を驚かすことは好きで。ゴースはゴーストタイプであるのに暗がりも幽霊も恐れていたけれど、それでも誰か驚かすことは好きだった。その為ならば多少の恐怖心は押し込められた。
ゴースは人を驚かすことは得意だった。だって自分が恐れることをすれば皆怖がるのだから、簡単だ。ゴースは臆病であったから、臆病な人間の恐れることはよく知っていた。
その日見つけた人間はとても臆病だった。それこそ、きっと、ゴースと同じぐらい臆病だったのだろう。臆病な人間がどう動き、どう言う態度をとるのかゴースは覚えている。だから一目見ればそれが同種の存在だとわかる。
彼を驚かそうとすることはゴースの中では当然のことだった。その人間が臆病だったからだ。臆病な人間はとてもよく驚いてくれる。
だけどそこに、その日は不純物が混ざっていた。
はじめに“それ”の存在に気づいたのはゴースの方だった。暗闇を歩く人間を驚かすために隠れていたゴースの他に、もう一人、あるいは一体、あるいは一匹。とにかく“それ”がそこにいた。ゴースはゴーストタイプであったから、“それら”の気配には普通の人間よりも敏感だ。だから姿は見えずとも、“それ”がそこにいることに気が付いた。ゴースは思わず驚いて人間の前に飛び出してしまった。そうすると人間がゴースの姿に驚き、それから“それ”の存在に気がついた。
人間にも“それ”が見えているわけではなかったのだろう。
けれども普通の人間よりも敏感であったらしいその人間は、ゴースと同じように“それ”が確かにいると感じたらしい。一目散に逃げ出した人間に倣って、ゴースもその後を追う。
いくらか走り続けていると、ゴースと人間は森の中へと入り込んでしまっていた。それがまずいことだとゴースにはわかったけれど、今更道を戻ることはできない。未だ姿の見えないそれは、それでも確かに気配を増している。
暗い森の中を駆け抜けると言う行為は、ゴースにとっては少し不便に感じる程度でも、地の上を走る人間にとっては厳しいものであったらしい。
途中で足を滑らせた人間はそのまま地面に頭をぶつけ、ゴースの前に横たわってしまった。
その時ゴースは考えた。このままこの人間を囮にすればゴースは無事生き延びることができるのではないかと。ゴースは見知らぬ人間の安否より、自身のことが大事だった。
ゴースは人間を運んだ。なるべく見つかりやすい場所に運ぼうとした。けれど、けれど、“あれ”の声が聞こえた。その声はこの人間を探しているとゴースには不思議と理解できた。理解できてしまったから、ゴースは人間を運ぶ手を止めざるを得なかった。
人間が見つかってどうなるかはわからない。けれどゴースがみつかれば、ゴースに興味のない“あれ”がどうするのか、無事で済むのか、もっと最悪な想像がゴースの頭に浮かんだ。
だからゴースは人間を隠した。人間を探す“あれ”と鉢合わせる可能性が増えることは恐ろしかったけれど、“あれら”の意識にない存在がどういった扱いを受けるのか、ゴースは知っている。“あれ”は今まで見てきた“あれら”のより悪質なものであると、ゴースには理解できた。
“あれ”が普通の幽霊と呼ばれるモノであったなら、ゴースはその人間を置いて行っただろう。そうであったなら“あれ”はゴースに対して興味がない。興味がないなら、いやだけれど、怖い思いをするだけで済む。
けれど“あれ”は普通のモノではない。何をするのかわからない、もっと恐ろしいものだ。触れてはならない醜いモノだ。
大木の根元に人間を隠したゴースは、そのまま人間にぴっとりとくっついて己の姿も隠した。“あれ”が人間を探す恐ろしい声が聞こえる。
しばらくすると人間が目を覚まして、自然とゴースと一緒になって逃げ道を探すことになった。強風のせいでうまく動けないゴースにとってはありがたかったけれど、一度見捨てようとした立場からは気まずかった。誤魔化すように大人しく腕の中に収まっても、人間は時々ゴースの頭を撫でるだけで何も言わなかった。
それからどうにか逃げ切って、見知らぬ場所の見知らぬ人間の元へとたどり着くと人間は眠ってしまった。
慌てて駆け寄ってきたもう一人の人間に、あの人間が運ばれていく。運んでいる方の人間がゴースに声をかけ、人間のパートナーであろうゲンガーがここは安全なのだとゴースに声をかける。
だけどゴースは一際臆病で、恐ろしいものの気配には敏感であったから、その気配に気が付いた。気が付いてしまった。
“あれ”はまだ、この人間を諦めてはいない。
ゴースは人間の左足をじっと見つめて、それからゲンガーの後を追って行った。確かにこの場所は安全だろう。恐ろしいものの気配はここにはない。
後ろを振り返っても、あの森は存在しなかった。