05

あれの近くにきてからまた暫くがたった。

時折思い出したように、あれは私に語りかける。そうして聞こえぬ声で言葉を紡ぐのだ。

「……か?……は……で、……?」

あれは何を言わんとしているのか、未だ私は理解することができず、相も変わらず私は私のことも理解できなかった。

私は誰で、どんな顔で、どんな姿で、どんな声をしていて、なぜここにいるのか。
自らが発し、耳に届いている筈の声も不思議と理解するには程遠く、私の意識だけを素通りしていった。

この目は確かに暗闇を写し、足は地面に触れ、喉を震わせ、声を出し、耳に届いている筈なのだ。けれど全て、確かな形を持って私に伝わることはない。
あれに近づき、以前よりは多くを認識できるようになった私は恐怖というものも思い出した。

私はあれが恐ろしい。そして私自身の不可思議な現状も、この空間も、全てが恐ろしい。

私はなぜここにいる?どうしてここに閉じ込められた?私は一体何をしたと言うのだろう。
もはや生まれた時からここにいると言う発想は私にはなかった。私は何者かによってここに閉じ込められたのだ。私は確かにここではないどこかにいた筈だった。

「なあ、お前。お前はいつから、どうしてここにいる?」

声は随分と流暢に発せられるようになった。
あれを恐ろしいとは思っていてもなお、あれ自身に対する興味は不思議と消えていなかった。

「……か?……は、……のに」

あれの声には聞き取れるものと聞き取れないものがある。始めに聞こえた声のようにはっきりと聞こえることは稀で、断片的に聞こえるものがほどんどだった。

「…だろう、……が、……た時だ」

あれの姿は見えず、声も上手く聞き取れないが、どこにいるのかはよくわかるようになった。
今は私の目の前にいるようだった。不思議とこちらに目を向けていることもわかる。

「やはり聞き取れないか…」
「……も、……のか?」
「なんだ?なにを言っている?」
「…………」
「おい?」
「……な。…は、……けは、……に」

何か強い怒りを込めて言葉を放った後に、あれはまた私から離れたところで喚きだした。
それがひどく恐ろしく思えて、私はしばらく言葉を発することを止めた。


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