?日前

今日の彼はいつもと様子が違っていた。

ボクはその日いつものように図書室を訪れていて、西日の差す窓際の、古くささくれだった本棚が太陽を隠してくれるその場所で、いくつかの本と虫の図鑑を広げながら座っている彼を見つけた。
窓越しに見える彼の顔はどこか冷たく、それでいて浮かべた笑みは穏やかで、広げた本はいつもと同じ古い書物ばかりだった。

あまり会話をしたことがなかったが、ほとんど毎日図書室に居座る彼にボクは好感を持っていた。

彼は古い書物、とりわけアルカ時代に関する事柄に興味があるようだった。
いつだって日陰を好む彼が座るその席もアルカに関する文献が近くにある席で、人がいないのをいいことに、時折虫に関する書籍も交えて机中に本を積み上げていたのをよく覚えている。

学校の成績はそこまで良いものじゃなかった。体育はいつだって欠席していたし、魔導の授業でもとりわけ目立つ成績ではない。授業中の発言もさしてなく、テストの点数もそれなり。

だけど彼はいつも本を読んでいた。僕と並んで“本の虫”と称される彼のことは自然と耳に入ってきて、だからボクは彼のことを知っていたし、彼もボクのことを知っていたのだと思う。

今日、彼が読んでいたのはこれまた古い、恐らくはまたアルカ時代の書記のようだった。ボクはそれを、以前貸し出し禁止と書かれた本棚で見かけたことを思い出す。
とりわけ古い本だ。貴重な文献なのだろう。ページをめくる指先はゆっくりと慎重で、どこか愛おしげにも見えた。

彼はいつも本を読んでいた。彼は本が好きだった。

静かに本を読む姿がいつかと重なって、ボクは以前に彼と会話ををした日のことを思い出していた。





「君はいつも本を読んでいるんだな」
「やあクルーク。その言葉、そっくりそのまま返すよ」

その日の彼は珍しく日が当たるのも気にせずに、燦々と太陽が輝く屋外で木製のベンチに座りながら本を読んでいた。薄暗く目の悪くなりそうな場所ばかりを好む彼が太陽の下で笑っているのを見るのは、後にも先にもその時だけだった。

「アルカ時代はなかなか興味深い事柄が多くてさ。ついつい、気になって調べてしまうんだよ」

そう言って彼はしおりを挟んで本を閉じると、そのまま本を僕に差し出して見せた。少しざらついた表紙には“アルカの不思議”と言う言葉が綴られていた。

「なんだい、このいかにも取って付けたようなタイトルの本は?」
「たしかに、何ていうかありがちだよね。だけどなかなか真に迫る内容でさ。以外と面白いから、クルークも今度読んでみると良いよ」
「まあ、キミがどうしてもって言うなら、読んであげないこともないよ」
「じゃあ、どうしても読んで欲しいから、よろしく頼むよ」

緩く楽しそうに笑みを浮かべながらそう言われたボクは言葉に詰まって、うまく返事を返す事が出来なかった。そうしてボクが悩んでいる間に彼は次の話しへと移ってしまった。

「まあ、個人的に興味があるって言うのもあるけどさ、シグの腕のことも気にかかるからね。最近のことは結構調べてみたんだけど情報は出てこなかったし、だから古いものを調べたら何かわかるんじゃないかと思ってさ」

はたしてアルカの書にその答えがあるのかはわからないが、確かにあの腕の事はボクも少し気にかかっていはいた。本人に聞いてもわからないというし、何よりあまり気にしてはいないようだったが。

「キミ、ほんとにシグと仲が良いんな。ボクにはさっぱり理解できないね」
「そう見えるかい?まあ、いつもぼーっとしてるからねえ、彼。でも、悪い子じゃないんだよ」
「そんなこと、言われなくたって知ってるさ」
「そうだねえ。クルークは優秀だもの」
「ふふん。わかってるじゃないか」

彼と会話をしたことはあまりなかった。だけど、ボクは彼と話すは嫌いじゃなかった。
勉強はあまり得意じゃないけど、本が好きで、穏やかで、大人びていている。ボクの方がずっと知的でスマートだけど、少しだけ憧れていた。

まともに話をしたのはその時だけだった。なんせ彼はいつだってシグの隣でシグの面倒を見ていたし、それ以外ではずっと本を読んでいた。同じ本好きとして、読書の邪魔をするのは嫌だった。


結局、彼に“アルカの不思議”を借りたのは図書室で見かけたよりも、話をした日よりもずっと後になってのことだった。投げやりなタイトルと安っぽい挿絵に反して中身にはきちんとした情報が書かれており、歴史に関する事柄だけでなく、古代魔導や偉人についても触れた幅広い分野に通じる本だった。

「やあリアン、この前の本、中々面白い内容だったよ」
「それはよかった。君なら楽しめると思ったんだ」

その日の彼はいつも通りだった。大きな桜の木陰で本を広げ、器用に日の光を避けながら読んでいた。

いつからかこの場所で咲き誇る不思議な桜は、春も夏も秋も冬も、いつでも満開の花を咲かせていた。薄紅色の花弁がひらりと舞い降りて、彼の本の上へと落ちていくのをなんとなしに見送って、僕はもう一度口を開いた。

「引きこもりの君が外で読んでいるなんて珍しいじゃないか」

随分と嫌味ったらしい言葉になっていたと思う。けれども彼はそれに嫌な顔をすることもなく、ボクに返事を返すのだ。彼はいつも穏やかで、緩く笑みを浮かべていて、怒った姿も、泣いた姿も、普通に笑った姿もボクは見たことがなかった。

「今日はこの後シグと虫捕りに出かけるんだ。だから少し、慣れておかないといけないからね。なんならクルークも一緒に来るかい?」
「いや、ボクは遠慮しておくよ。アイツに付き合ってたら日が暮れてしまう」
「そうか。まあ、そうだろうね。それじゃあ、またいつか」

また違うアルカの文献を手にした彼は肩にかけたバックにその本をしまうと、待ち合わせ場所にでも向かうのか、ボクが来た道の反対側へと向けて歩き出した。
途中で一度だけ振り返り、いつになく楽しそうな笑みを浮かべた彼はこう言った。

「ああ、そうだ。僕はね、君のことは結構好きだったよ」



いつも満開だったあの不思議な桜は次の日にはもう枯れていて、それ以降リアンがボクらの前に姿をあらわすことはなかった。
後になって聞いた話だと、その日シグはリアンと会う約束はしていなかったらしい。

end.


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