05:similar


「幽霊船、ねえ……」

足を進めるたびにぎしりと軋む床を進みながら、ルノはぽつりと呟く。
左右を鏡に囲まれた不思議な作りの船はどこか不気味な雰囲気を醸し出していて、気味の悪い魔物に占領された船内は、誰かが口にした幽霊船と呼ぶのにまさにふさわしい形相だった。

なぜこの場所に彼らが訪れているのか。その理由は半刻ほどさかのぼり、フィエルティア号が幽霊船、アーセルム号に衝突したことから始まる。




ノードポリカへと向けて航海を続けるのフィエルティア号の上では、魚人の一件以降、魔物に襲われることもなく平和で穏やかな航海が続いていた。
光を反射し不規則に淡く光る水面は幻想的で、見ていて飽きることもない。途中ユーリとカロルに呼び出されたこともあったが、早々に会話を切り上げ、戦闘以外では特にやる事もないルノがその光景を眺めながら暇を潰している最中に、それは現れた。

穏やかな空気を壊すかのようにして突如表れた深く暗い霧。それは瞬く間にあたりを覆い尽くし、フィエルティア号の行く末を阻んで行く。少しの先も見えないほど濃い霧は不安を煽ったが、それでもそのまま立ち往生するわけにもいかず、仕方なしに一同はそのまま航海を続けることとなった。この時期のこんな海域に他の船など存在しないだろうと、油断したのが悪かったのかもしれない。不意に現れた舟影に動揺する間も無く、気付いたときにはもう、古く巨大なその船とフィエルティア号は衝突し、その機能を停止してしまっていた。

人影はないのに掛けられた桟橋。衝突の衝撃からではなく、動かなくなった駆動魔導器セロスブラスティア

原因を探るため、好奇心を刺激されたため、様々な理由でユーリ達はアーセルム号と書かれたその船へと足を踏み入れた。
初めはいつ魔物に襲われるともわからぬ海上で船を離れるわけにはいかないと二手に分かれていた一同だったが、待機中に響いた轟音に仲間の安否を気にしたメンバーによって、最終的には全員が船を離れる事となった。そうして船で待機していたルノもカロルに半ば引き吊られるようにして幽霊船へと足を踏み入れたのだ。




「も、もしかして……ルノも、怖かったり?」
「いや、別に」
「そ、そっかあ…。あ、いや、ボクだって怖いわけじゃないからね!ほんとに!」
「……」

到底そうは思えないほど怯えきった表情をしていたが、指摘するのは野暮というものだろう。
船に踏み入れた直後の威勢はどこにいったのか。そう言いたくなるのをぐっと堪え、代わりにふと頭を過ぎった別の言葉を投げつける。ちょっとした悪戯だ。

「な、なに?」
「……カロルの後ろに人影が」
「っうわあ!……って、なんにもないじゃん!」
「……見えた気がするけど、気のせいだったみたいだな」
「もう!ルノのバカ!」

想像した通りの反応に気を良くして、思わず漏れそうになった笑いはどうにか抑え込む。

「……ルノ兄達は楽しそうじゃのう」
「いや、楽しんでるのはルノちゃんだけじゃない?」

連れてこられたのは無理やりだったが、存外こう言った雰囲気の場は、嫌いではないのだ。








幽霊船の中を突き進み探索組と合流した一同は船長室のような場所へたどり着く。そこは先に見た部屋とは違い、見晴らしも良く大きな鏡や本棚が置かれており、奥に鎮座している椅子には骸骨が居座っていた。

これがこの船の船長だろうか。
近寄ってみると、傍に紅い背表紙の本が置いてあるのがわかった。どうやら航海日誌らしい。

日誌を読み取ったエステリーゼによると、この船は千年以上も前のものだと言う。ヨームゲンと言う街に魔物を退ける石、澄明の刻晶クリアシエルを届ける途中に漂流し、船員は皆死に絶え、この骸骨も最後の一人だったようだ。

「そんなに長い間、この船は広い海を彷徨っておったのじゃな。寂しいのう……」
「ボク、ヨームゲンなんて街、聞いたことないなあ……」
「……」

千年以上、彷徨い続けた幽霊船。何故そんなにも長い間、この船は彷徨っていたのだろう。
骸骨がその手が大切そうに抱えている箱、おそらくこれに澄明の刻晶が入っているのだろう。恋人に貰ったと言う紅い小箱は、色あせる事なく彼の手に抱かれている。手放せないのは、使命のためか、恋人を想ってか。
頭を過ぎった感傷に蓋をして、ルノは小箱の在り処をユーリ達に指し示す。

「これじゃないかな、澄明の刻晶ってやつ」

この船は、待っていたのだろうか。誰かが、澄明の刻晶を届けてくれる人物が現れるまで、ずっと。
船や骸骨に意思があるとは思えない。けれどそこに、何かの意思が働いたことは確かだろう。死して尚色褪せないものだって、あるはずだ。きっと。そうであって欲しい。

「なんか大切そうに抱えてるわね……」
「紅い小箱……日誌に書かれていた通りなら、これがそうだろうな」
「お、おっさん取ってよ……!」
「イ、イヤだっての。何言い出すのよ、まったくこの若人は……」
「じゃ、じゃあルノ!あんたが見つけたんだから、あんたが取りなさいよ!」
「……」
「……ルノ?」

じっと骸骨を見つめるルノは気付かない。
ユーリはもう一度、訝しげに声をかけるが反応は返って来ず、俯いたその顔は隣にいるユーリからもその表情を読み取ることは出来なかった。

ふと、その様子を静観していたジュディスが手を伸ばす。
ボキリと嫌な音を立て、骸骨の腕ごと小箱を持ち上げたジュディスは、レイヴンへと小箱を明け渡した。腕を折られた骸骨は、物々しく椅子に鎮座している。

「……あれ、開かないぞ」

すぐ様レイヴンは中身を確認しようと小箱の蓋に手をかけるが、何度試してみても一向に小箱が開く気配はない。

「……鍵でもかかってるんじゃないですか」
「ん?あーらら、ホントだ。……て言うかルノちゃん、全然怖がんないのね」
「……まあ、死んだからって何が変わるわけでもないですし」
「そう言うもん?解ってても怖いもんじゃない?」
「……」
「あ、あ、あ、あ、あれ……」
「ん……うぉっ!」

カロルの声に全員が振り向くと、そこには鏡に映る巨大な骸骨の魔物が見えた。
ルノは瞬時に頭を切り替え、自身の背後、本来魔物がいるべき場所に目を向けるがその姿は見当たらない。
姿の見えない類の魔物か、はたまた幻覚か。いくつか可能性を思い浮かべるが、そのどれとも違う。
骸骨は、鏡の向こうに存在していた。

「……呪われたんじゃないか?」
「あら、私のせい?」
「さあね」
「暢気に話してないで、来るわよ!」

言い終わか否かのところで、魔物は鏡の外へ飛び出してくる。
そのまま襲いかかって来る魔物と、ユーリ達との戦闘が始まった。








「……しつこいなあ」

ぼそりと苛立たしげに呟かれた言葉は誰に聞かれるでもなく、激しい爆発音にかき消される。リタが放った魔術の音だ。それに続くようにユーリが攻撃を放ち、ルノも詠唱を始める。リタに比べると随分遅い術の発動にまた苛立つ。

たまには術の練習もした方が良いかも知れない。
一人旅と言う関係上、普段は滅多に魔術を使わない。腕が鈍るのは当然だ。それでもこうして後衛に立つことになってしまったのは、ルノの得物のリーチが短く、巨体を持つ相手には向かない上、骸骨のように“身”のない相手はルノの戦い方は出来なかったからだ。斬ることよりも刺すことのほうが向いているこの短剣では、上手く攻撃を仕掛ける事は出来ない。その事実がまたルノを苛立たせる。

「……さっさと失せろ!」

いつもより強い語尾で発した声と共に、術が発動する。まともに受けた魔物は体制を崩し、そこに畳み掛けるようにユーリとカロルが向かって行った。
そのまま暫く攻撃を続けていると、突然魔物がその動きを止め、踵を返し鏡の中へと帰って行く。

「逃げるのじゃ!」
「止めとけ、別にあの化け物と白黒つけなきゃいけないこともないだろ」

追いかけようとするパティを、ユーリが手で制す。
納得のいかない様子だったものの、言い返す言葉が見当たらなかったのか、そのままパティは鏡の奥へと消える背を見送った。
あたりを見渡し、他の魔物がいない事を確認してから一同は肩の力を抜く。

「勘弁してよ、もう……」
「じゃあこの箱返してあげる?あの人に」
「返した方がいいって!」

どうやらカロルは完全に紅の小箱を取ったことが原因で魔物が襲ってきたと思っているらしい。
それなら先に船長の方が襲ってくるのではないかとルノは考えたが、口には出さないでおいた。

「あの……わたし、その澄明の刻晶をヨームゲンに届けてあげたいです」
「ちょっと、なに言い出すのよ、エステル!」
「……澄明の刻晶届けを、ギルドの仕事に加えてもらえないでしょうか?」
「……」

ルノは無言でエステリーゼを見る。
その後に勃発したエステリーゼの頼みを巡る一悶着にも、ルノが口を挟むことはしなかった。

「ありがとうございます」

騒動は、最終的にはエステリーゼの意思を尊重する結果で収集が付き、一同は幽霊船を後にする。

結局、駆動魔導器セロスブラスティアが停止した理由も解らぬまま、フィエルティア号は再び航海することになった。

千年待ち続ける苦痛を、理解することは出来ないけれど。柄にもなく、届けてやりたいと少しだけ思ってしまった。



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魔術は性格的に闇属性か氷系使ってそう。因みに武器はダガー。


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