02:inquire


旅を始めてからの日々は、決して楽なものではなかったように思う。
男との接触から数日あまり。無事に戦闘を終え街を去ったルノは、鬱蒼と茂る森の中で一本の大樹に背を預けながらこれまでの日々を思い出す。こうして時折物思いにふけるのがルノの癖だった。

旅をすると言うことは必然的に野宿や不眠の生活を強いられることになるのだが、一人旅では常に気を張っていなくてはならないし、壁も床もない野ざらしの場では大して身体は休まらない。今でこそもう慣れてしまったが、外に出たばかりの頃などすぐに魔物に襲われたものだった。
だからと言って他人を雇うような事はしたくない。そんなものは金の無駄であるし、普段は明確な目的地もないのだから雇われる側だってお断りだろう。それに人と言うのは信用ならないものだ。気付けば所持品が減っているなど洒落にならない。

騎士団が蹂躙している市街地まで行けば話は違うのかも知れないが、人目を避けるように動くルノの活動範囲には素行の悪い連中ばかりが闊歩していた。元より他人を易々と信用するような性格ではなかったが、外に出なければ、自分はもう少し丸い性格のままでいれたかもなどとありもしないことまで考える。

魔物を刺すことにも、人を刺すことにも抵抗はない。むしろそれに楽しみを見いだす様な最低な人間である自覚はある。肉を貫く、その感覚は嫌いではないし、いつ死ぬかも解らぬスリルもそれなりに楽しめるようになった。戦闘狂とまではいかないがそれに近いものはあるのだろう。
けれども昔から、そこに流れる赤色だけは嫌いだった。絶命するその瞬間も好きではない。
刺す事も切ることも、殴る事も魔術を使うことだって今では何とも思わずに行うことが出来るが、最期と赤色だけは嫌いなままだった。嫌いなだけで出来ないわけでないのだから、必要となれば躊躇はないのだけど。

この十年で盗みも働いたし人も殺した。他人を騙し蹴落としたこともあるし、嘘なんて日常的に吐いている。
それでもルノは可能な限り生かす方を選んで歩んで来たし、これからもそうするつもりだった。それは色々なものが変わってしまったルノの、変わらないことの一つである。かわりに死ぬより辛い思いをする人間が出ているかも知れないが、そこまでは知った事ではない。


なぜこんな苦労をしてまでして旅をしているのかと、時折疑問に思うことがある。
旅をしているのは他でもないルノ自身の意思である。それでも思うのだ、何故続けているのかと。

始めに旅に出たことに関してならば、明確な理由はあった。少なくとも当時の自分にはそうする他なかっただろう。しかし今、続けることにはさしたる意味もない。ルノ自身、一つ所に留まってしまった方が楽なのだろうとは思っているほどだ。
結界のある街にでも住めば魔物に襲われる心配はなくなるだろうし、家が手に入れば毎日ベッドで寝ることも、風呂に入ることだって出来るだろう。宿をわざわざとる必要もないし、宿と同じ様な、それより良い生活が出来る。
街に住むとなると人付き合いは面倒かも知れないが、それなら街の外れにでも住めば良い。物資調達だって今よりずっと楽になる。
考えれば考える程良いことの方が多い筈なのに、それでも旅を止めようとは思えない。

自分はどうして旅を続けているのだろう。何度だって疑問に思う。
好きだから、と言うわけではない筈だ。別段旅が楽しいとは思えない。時折綺麗な景色を見れるのは良いと思うが、それだけだ。

ただなんとなく止め時がわからなくて続けているのかも知れない。
始めの理由は覚えているが、続ける理由は解らない。それでもルノは、旅を続けるのだ。

――どうしようもないな、本当に。

嫌気がする。煮え切らない自身の思考も、何もかも。

いっそもう寝てしまおうか。眠ってしまえば何も考えなくて済む。
そうして閉じた目蓋の裏で、思い起こされるのは先日の事。微睡みかけていた意識を邪魔する影に、思わず舌打ちが出そうになった。
そう言えばあの時、放っておけば良かったのに何故あんなことを口走ってしまったのだろう。
手が出たのも無意識だった。百歩譲ってそこは良いとしても、普段なら絶対にあんなことは言わない。成り行きとは言え、何も助けなくても良かった筈だ。

翡翠の目の男。その色に反し、淀んだ瞳の奥と紫の羽織。何度も頭を過る騎士の姿にももう慣れてしまった。

まだ低い視界に映る、大きな背中。もう随分前に感じる、子供のこと。
『あれ』があったから助けたとでも言うのか。そんなこと、あるわけないのに。それでもなんとなく、解っていた。だから目を逸らした。
いやなことからはずっと逃げてきた。目を逸らせばいい。考えなければいい。

――死なれるのは困る。それだけだ。

それ以外、何もない。ルノは無理矢理目を瞑り、今度こそ眠る体制に入る。
すっきりしない頭では眠れないかと思われたが、案外身体と言うものは正直で、疲労の溜まった身体は簡単に眠気を運んできた。

明日に何があるかわからないのだから、休める時には休み、体力は温存して置いた方が良い。

どんなに考えた所で、どうせ自分の望む解答など出ない。解っている、解っているのだ。
考えたって仕方がない。どうしたって一つ所に留まろうとは思えないし、自然と足は進み続ける。そう解っていても尚、考えてしまうのもまた事実なのだけど。

そうして今日もまた、知っている解答を見つけられないままルノは眠りにつく。


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