▼ Table Talk
広いテーブルに、食器はたった二組。
しかもその二人は義理とはいえ父娘なのだから、静かに平和に進むはずの食事の席で、その事件は起きた。
「ジョアナ。わが娘よ」
ターピン判事は問いかけた。
「何ですかお養父様。唐突に」
呼ばれたジョアナは怪訝そうに彼を見て、
「まさか食事中にピンク色な話題ではないでしょうね」
ズバリと切り込んだ。
大体、ターピンが“わが娘”などと改まって呼ぶ時は、不穏なことを考えているに決まっている。
まるでフランス人形のように可愛い少女に、鈴のなるような透き通った声でこんなことを疑われたら、普通の男は後ろめたさに顔も上げられないだろう。
だが生憎、ターピンという男は普通ではない。
確かに判事という社会的に認められた立派な職業についているし(仕事ぶりは別の話だが)、
歳の割に均整の取れた大柄な体に、(目元に多少色気が過ぎるが)整った顔、という風に見た目もよい方だ。
しかしこの男の尋常ならざる点はそんな所では全くない。
義理の娘ジョアナは言う。
『ヤツは変態だ、間違いない(要約)』
…と。
彼が取り出したのは、赤い布張りの本だった。
「見なさい、君の小さい時からのアルバムだよ」
彼はページをめくりながらうっとり眺める。
「どのページを見ても…ああ、なんとかわいらしいのだろう」
「確かに私のアルバムです。が」
ジョアナは書棚の一角を指差した。
「5分前の私の目には、お養父さまが誇る『世界の春画大コレクション』のある隠し棚から取り出したように見えたのですけど、気のせいでしょうか」
「まったく素晴らしいよ。一枚もハズレがない、奇跡の本だ…!」
「…そういう言い方やめてください別の意味に取れますから」
無視かよと突っ込んでも聞く男ではないので、釘をさしておくだけに留めておく賢い娘。
ジョアナはちらりと書棚を見てため息をつくと、ひとり夕食を続けることにした。
10分経過。
ターピンはまだ見ている。
話しかけてこないのは結構だが、時々ぶつぶつ呟くのが不気味だ。
もしかしてさっき“うっとり”と表現したあの目線、むしろ“ねっとり”に近いんじゃないか。
ジョアナはひそかに疑っていた…いや、この10分で確信した。
ふと、ため息と共に彼は囁きを漏らした。
「君は昔から美しかったな…」
「お養父さまは昔からロリコンスケベ親父でしたね」
「光源氏と呼んでくれ」
さらりと彼女が暴言してもターピンは動じない。
さすが世界を網羅する色好み、紫式部の名作もしっかりチェック済みだったようだ。
事情を知らない女ならば誰でも虜にできそうな魅力的な微笑みで、彼はジョアナを口説く。
「成長した今でも、いやむしろ今の方が、お前は私の心を捕らえて離さないよ」
「お養父さま、今は食事中でしょう。もういい加減に…」
できるだけ義父に取り合わずに食事を続けるつもりだったジョアナは、あることに気付いてふとフォークを置いた。
「…それは何ですか?」
「これか?」
彼女が指していたのは、ターピンが見ていたジョアナ自身のアルバムの中の1ページだった。
話に乗ってくれたので喜々としてページを広げるターピン。
「これもお前の写真だよ。着替え中だぞ!なんと可愛らしい」
「……いつの?」
「いつだったかな…ええと、ああそうだ」
彼はしれっと答えた。
「確か衣替えする前だったから、3ヶ月前だ」
「いっぺん死んでこおおおおぉいっ!!」
と、お上品な彼女が叫んで暴れたかどうかは定かではない。
メイドに使用人、執事に至るまで、屋敷の者は誰も証言をしたがらないのだ。
後に起こることになるあの有名な『人肉パイ事件』以上に、この件に関して人々は堅く堅く口をつぐむのである。
End.
→あとがき
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