小説2 | ナノ


▼ 2

 10分後。
 表通りから1本入った、薄暗い路地裏。
 先ほどパブに居たロイヤルブルーのコートをまとった女は、数人の男に取り囲まれていた。

 体格から男だと分かるが、全員ローブをすっぽりかぶった上にお面をつけており、素性は分からない。
 女の背後には壁。唯一の表通りへの道は、男たちの向こう側だ。
 男たちは手馴れた様子で武器を持ち、じりじりと距離をつめる。
 絶対絶命のようにもみえるが、女にはしかし諦めた様子はない。腰に差した刀に手をかけ、間合いを計る。

 どちらが先に仕掛けるか、それで勝負が決まりそうである。
 緊張感が場に充満していた。
 そのとき。



「ギャアアアアアオバケエエエエエエ!!!」



 突然、かん高い叫び声が響き渡った。

「誰だ!」

 男たちが一斉に振り返る。

 やたらと背の高いガイコツが、驚愕を全身で表したようなポーズで固まっていた。
 物陰に隠れたいらしく、家の壁の少し引っ込んだ部分に寄り添うようにしているが、大きいのでまったく隠れていない。

「………」
「………」
「…あ、失礼!」

 ガイコツは突如スットンキョーな声を発した。

「なんだ、よく見たらお面かぶった人でした…。あーびっくりしたー」
「びっくりしたのはこっちの方だよっ!」
「てめえの方がよっぽどオバケじゃねえかッ!」
「失礼な!」

 驚きから我に返った男たちは、一斉にツッコミを浴びせた。
 集中砲火にもめげず、ホネだけの彼は反論する。

「生きてますよわたし!1回死んでますけど!」
「ややこしいんだよてめえ!」
「いえむしろ単純ですよ?肉も肌もないホネだけですからー!毎日コツコツ生きてますッ!」

 スカルジョーク!
 ガイコツは両手を上に伸ばし、ポーズを決めた。
 その場の誰ひとりとして笑わなかった。

 その場で唯一彼(女性かと思うほど高い悲鳴だったが)に見覚えのある女が、仕方なく声をかける。

「あんたさっきの…えっと、ケロッグさん?」
「ブルックです」
「こんなとこまで何しに来たんだ。まだあたしに用事か」
「あ、ハイ。まだあなたに伺っていなかったことを思い出しまして」

 ブルックは武器を持つ男たちをまるで無視して、つかつかと女性に歩み寄った。
 正面に立つと胸に手をあて、まるで紳士がするように恭しく礼の姿勢をとる。
 よく響くいい声が言った。


「パンツ、見せてもらってもよろしいですか?」



「…聞き間違いかな」

 女は脱力を通り越していっそ冷静だった。

「パンツ見せてくれって聞こえたんだけど」
「いいえ間違いありませんよ、そう言いましたから」
「訳が分からない」
「ですから、パンツを見せてくれとわたしの心からのお願いをですね」
「いや言葉が分からないとかそういうことじゃなくて」
「本当に見せてもらえませんか?パンツ」
「駄目押ししても無駄だ」
「でははっきりと申し上げます!私は!パンツが!見たいッ!」
「うるっせーなパンツパンツってッ!!」

 ガンッ!
 堅いものを殴る音がした。
 ついに声を荒げた女は、地面に突っ伏したブルックをさらに叱る。

「こっちは取り込み中だ!2度も死にたくなかったら黙ってろっ!」
「ハイ…スミマセンでした…」

 女は背中から小型の盾を外し、手に持った。
 男たちの方に向き直ると、先ほどの緊張感がまた場に復活する。

「漫才は終わったか?お嬢ちゃん」
「じゃあそろそろこっちの相手もしてくれよ。へへっ」
「あたしの方はあんたらに用はないんだけどね」
「まあ、そうつれないこと言うな…よっ!」

 言い終わったのを合図に、男たちが一斉に襲い掛かった。
 女は驚いた様子もなく、ロングコートをなびかせて身をかわす。
 何人かさばいたところで、腰に下げていた鞘から剣をすらりと抜いた。
 刃渡りは短いが、横向きに深い切り込みが何本も入っている。
 櫛のような形の珍しい短刀を見て、ブルックは地面に寝たまま首をかしげた。

 女は数人が一度にかかってきても難なく短刀で打ち流していく。
 幾度か金属音が響き、やがて一人の男と剣がかち合った。
 櫛の刃の部分に、短刀の倍はありそうな長さの剣がかみ合う。
 最初は両者一歩も譲らなかったが、じりじりと女が後ろに下がっていく。
 いよいよ力の差で押し負けるか…と思ったその時。


 女が不意に、妙な方向に体をひねった。


「な、なにィっ!」


 一瞬の金属音、次の瞬間には男の剣に、あるはずの刃がなかった。
 さっきまで斬るためにあった鉄の板は役目を失い、地面に転がっている。

「思い出しました!あれは『ソードブレイカー』、剣を折るための剣ですね!」

 自身も剣術の心得があるブルックは、はたと手を打ち納得した。 
 ソードブレイカーは防御の剣である。詳しい事情は分からないが、彼女の戦いは好きでやっているというより、自分の身を守る要素が強いようだ。

「情けねえ!女に剣を折られるだとっ!」
「どうせ恨むんなら、女に折られるぐらい粗悪な剣しか持たせてくれないあんたらのボスを恨むんだな」

 女は堂々と啖呵を切ってみせた。
 ソードブレイカーと盾を持ち直し、体勢を整える。

「おい、てめえ行けよ」
「んなこと言ったって、剣を折られたんじゃ」
「いや、待てよ。あいつの武器はその防御用の剣と盾だけだ!」
「攻撃は大したことねえ!まだいけるぞ!」

 仲間の言葉に押され、剣を折られた男は再び襲い掛かる。
 しかし女はしばらく動かなかった。
 折れた剣でも間合いに入るかというぐらい近づいたその時、腕を振り上げ…

 小型の盾を全力で男のアゴに叩きつけた。


「えー!そっち使うんですかーッ!」
「なに。誰もダメって言ってないでしょ」

 思わずツッコんだブルックにちらりと目をやり、女が答えた。
 殴られた男は白目を剥き、気絶していた。

「…!」
「ひっ、ひるむな!所詮女の腕力だ!」
「でもあいつ完全に伸びてっけど…」
「すっ、スタミナ!スタミナはねえはずだ!」
「数で押してりゃ勝てる!かかれっ!」

「そうやってなめてるから毎回あたしに逃げられてるのが分からないのかね…っと!」

 今度は一斉に襲ってきた男たちに、女は再び立ち向かう。
 すばやく身をかわしては剣を折り、スキを見ては盾で急所を殴りノックアウト。
 ひとりずつ数が減ってゆき、最後の一人が沈んだ頃には10分ほど経過していた。

「…ふう。思ったより時間かかったな」
「ヨホホホ!お強いですねー!」

 道端に座りこんで様子を眺めていたブルックは立ち上がり、女に拍手を送った。

「いざとなればこんな骨の手でもお力にと思ったのですが、まるで必要ありませんでした!」
「気持ちだけもらっとくよ。怖がりなのに気を使わせて悪かった」
「いえいえ、お礼なんて。パンツさえ見せていただければ」
「…パンチならいくらでもやるぞ、変態ガイコツ」
「その盾つけたままですか!?それはちょっと手厳シィー!」

 かん高く笑うブルックの後ろから、くぐもった声がした。

「…この女、なめ、やがって…!」
「あ、起きちゃったか。まだ縛る前だったのに」

 まだ気絶していない男が何人か残っており、立ち上がろうとしていた。

「ガイコツと小粋なトークしてんじゃねえよ…!」
「このまま…ただで済むと思うな…!」

 男たちは傷だらけの体でゆっくりとこちらに向かってくる。

「ぎゃー!動きがゾンビみたいっ!さっきよりコワーッ!」
「うるせー!ふざけたガイコツ!てめーは見世物として売り飛ばしてやるっ!」

 相変わらず敵味方構わずツッコミを受けるブルックに、女は小さくため息をついた。

「あんたの相手なんかしてないでさっさと逃げとくべきだったわ」
「そうですねえ。じゃ、今からでも逃げましょうか」
「逃げるったって…袋小路でしょ、ここ。前後も左右も逃げられないし」
「いいえ、まだありますよ」

 骨ばったというより骨そのものの人差し指が、その方角を指す。
 続いて頭蓋骨からなんとも呑気な声が響いた。


「ウエ」


 女と男たちがその2文字の意味を理解するまで数秒。
 それが勝負の分かれ目だった。

「ハイ、失礼します!ヨホホホホ!」

「え?うわっ…!」

 気がついたときには、彼女は宙に浮いていた。
 先ほどまでいた路地裏が、足元よりも遠い下にある。

「あんた飛べるの!?」
「いいえ、ものすごく高いジャンプです!死んで骨だけ、軽いですから!」

 後頭部の方からガイコツ男の声がする。
 足が固定されていることも併せ、どうも自分は荷物のように肩に担ぎ上げられているらしいと彼女は理解した。

「ちょっと!下ろせよ!」
「そうはいきません、もう少し離れないと!」

 タン、と民家の屋根に着地すると、ブルックは女を抱えたまま走り始めた。

「とりあえずわたしの乗っている船へ行きましょう、あそこなら安全です!」
「あたしはまだ行くとは言ってない!」
「暴れないでください、この高さで落ちるとケガしますよーっ!」

 結局彼女は言われた通り大人しく、周りの景色が目まぐるしく通り過ぎていくのを見ているしかなかった。



つづく 

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