小説2 | ナノ


▼ 幸いあれ、人の子に



「疑おうが疑うまいが、神はいるのだから仕方がない」


 神はどうか知らないが、少なくとも天使はいる。
 なぜ断言できるかって?
 そう言ったのが、大天使メタトロンその人だったからだ。

 この、天使にしては妙に目元に色気のあるおっさんは、私が酒を飲んでいるとたまに現れる。
 言っておくが酔った幻覚ではない。
 1杯目を頼んでいる時点で既に現れているからだ。
 それに幻覚だというのなら、『天使』は私のイメージするふわふわ金髪の清らかな少年でなければならない。

 当然、酒なんか飲まない。


 その光景を見るたび、私は毎回聞くことにしている。
 まあ、一応だ。言ってもやめないだろうから。

「酒飲んでいいの?」
「飲んでいないと言ってるだろう、何回言わせる気だ」

 彼はウイスキーを口に含み、それからすぐに吐き出す。

「天使が規律破ってどうするんです」
「破ってはいない」
「だとしてもスレスレだろうに」
「我々の規律は柔軟なのだ」

 また一口含んでから、もったいぶって彼は言った。
 どうやらいつもの、うさんくさい宗教談義をはじめる気らしい。
 宗教にうとい私は、早速出そうなあくびをかみ殺す。

「聖書を見てみろ、曖昧極まりないだろう。どう解釈するかなんて何通りも思いつく」
「何ではっきり書かなかったわけ」
「信仰を広めるためさ。万人に受け入れられるには、曖昧にするのが一番だろう。それぞれが自分の好きなように思いこめる。これでも結構考えたんだぞ」
「…あなたが書いたの?」
「シナイ山で口述筆記させたのさ。まあ、半分はその場でアドリブだが」

 メタトロンは、やれやれといった顔をした。


「神は尊い教えは説くが、信仰を広めることには無頓着だ。息子が地上に降りるまでは、私が策を練らなくちゃならなかった」

 聖書のあいまいさはこの人が原因。
 ということは。

「じゃあ宗教戦争って、元はといえばあなたの」
「いいや、人間が悪い。戦争にまで発展させる必要はなかったからな」

 うそくせえ。
 私の疑惑の目を感じたのか、彼は続けて言った。

「見てみろ。努力の甲斐あって、今じゃパンク野郎にケンカを売られるほど市民権を得ることができただろう」
「なんかそれ、パンクはアリみたいな言い方ですが」
「セックス・ピストルズはいいな」

 メタトロンはさらっと言った。

「シド・ヴィシャスの入る前までが、UKパンクが一番尖っていたと思わないか」

 あーあ。
 なんかもう、パンク好きな天使がいても驚かなくなってきた自分がいやだ。

「よく言うよ…」
「何か問題があるか?」
「下半身何もついてない人に、反抗とドラッグとセックスの象徴みたいなパンクを語られてもねえ」
「肉体交渉ができなくとも、別の愛情表現はいくらでもある。キスとかハグとかな」
「ふーん、じゃあ私が今キスしても怒らない?」
「もちろん怒る」
「言ってること違うじゃん」

 メタトロンはふんと鼻をならし、威厳を見せ付けるかのように胸の前で腕を組んだ。


「私は天使だぞ、しかも『大』のつく。わざわざ人間に穢させるようなことすると思うか?」



 …こいつ。

 人のことをケガレだといったな?



 

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