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3年が経った。
勉強と学校行事、その合間に少しだけ遊ぶ、それをこなすだけであっという間に5年生だ。
魔法界全体が少しずつ危険な空気をまといつつある中でも、少なくとも私の学生生活はまだ穏やかに流れている。
魔法界に慣れてきた私は魔法もそこそこ使えるようになった。成績はいいとはいえないが。
成長期や思春期があるので、友人たちや寮での人間関係も色々と変化めまぐるしくなってきた。
中に混じるなんてことは省エネルギー派の私にはあんまりないが、眺めて面白がるという、ちょっとひねくれた楽しみ方でも私には充分すぎるほどである。平和で何もないのが一番でしょうよ。
クリスマス休暇を終えた日、日常は再び動いた。
ハリーがそっと耳打ちしたのは、記憶の底にしまっていた名前だった。
「ロックハートを、見たんだ」
あまりの驚きで、呪文もかけられていないのに全身が石のように硬直した気がした。
思い出すことはほとんどなかったけれど、忘れようがない。
あそこまでどうしようもない、困った人のことは。
「…なんで」
「僕、ウィーズリーおじさんのお見舞いに行っただろ。その病院に居た」
「じゃなくて、なんで…私に」
「嫌ってたのは知ってるよ。でもあいつがいなくなってから、君、ちょっと変わったみたいに見えたからさ。今もそんな風に固まっちゃってるし」
何も具体的なことは知らないはずなのに、彼の勘は見事に正解を探り当てていた。やはり英雄は違う。
「もし会ってもいいと思うなら行ってみなよ。場所は…」
* * *
どうやってあんなに早く外出許可をもらえたのか、今となっては覚えていない。
気がつくと私は、聖マンゴ病院の受付にいた。
「あの…ギルデロイ・ロックハートに面会なのですが、どの階ですか」
患者の名前を聞いた案内係の魔女は一瞬だけもの珍しそうな目をしたが、すぐに仕事の顔に戻って「ヤヌス・シッキー病棟」と言った。
「隔離病棟ですから、担当の癒者に連絡しておきます。お知り合いの方?」
「ええ、まあ。教え子です」
教えられた覚えはあんまり、いやほとんどないのだが。
苦笑いが表に出てしまったせいか魔女は私を少しだけ長く見つめたが、さして気にせず呼び出しの作業にうつった。
隔離病棟から迎えに来てくれた女性の癒者は、私を大歓迎した。
「あなたが来てくれて本当によかったわ!かわいそうに、誰もお見舞いに来ないのよ…この間のクリスマスにようやく3人来てくれたけれど」
「同級生です、それ」
「ギルデロイは順調に回復していますよ。自分が誰か分かっていない時期から比べれば、劇的な変化だわ。続け字のサインまで書けるようになって…」
癒者はロックハートがどれだけのことをできるようになったか列挙しながらどんどん歩いてゆく。
母親が子供を自慢するときのようだ、と思いながら、私は彼女の後ろをついていった。
病院の奥深くらしい場所へと進むにつれ、私は遅まきながら悩み始めていた。
勢いでここまで来たものの、彼に会ってもいいものだろうか?
記憶をなくした直後、すぐに会える距離のはずのホグワーツの医務室で治療を受けていた時でさえ、私は一度も行こうとしなかったのだ。
見捨てたようなものなのに、今更会ってどうなるというのだろう。
大体、会ったとしても、相手は記憶をなくしている。
何を話せばいいのかも分からない。
「さあ、ここが病棟ですよ」
私が内心うだうだしているうちにあっという間に部屋に到着し、癒者はドアを開けてさっさと入ってしまった。
「ギルデロイ、あなたにお客さんよ、よかったわねえ。さあ、お入りになって」