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▼ 小部屋の前にて

 
 たった今閉じたところなのに、3度のノックがあった。
 スネイプは小さく舌打ちし、棚にポリジュース薬の瓶を戻してから扉を開けた。

「ポッター、もう話は終わりだ。お前に用はない」

 しかし、開いた扉の向こうには、彼が説教した眼鏡の少年の姿はなかった。
 その代わり、なにか思い詰めた顔の少女が立ち尽くしていた。

「…コーリ」

 何か用か、と二の句を継ぐ前に彼女の方が口を開いた。

「大丈夫ですか、先生」
「は?」
「落ち着いてください、もう安心ですよ。どこか痛むところは?」
「怪我はない」

 ごく普通に答えながらも、スネイプは、妙な予感をうっすらと背筋あたりに感じていた。
 危険ではないが、避けたほうがいい。そんな本能的な部分で感じる予感。

「何の話か分からん、我輩にも理解できるように話しなさい」
「だって先生、カルカロフと一緒に居たんでしょう?この部屋に。ハリーも見たって」
「…それで?」
「あんまり口に出して言いたくないんですが」

 レイはため息をつき、物憂げに言った。

「…襲われたんでしょう?」
「…は?」

 彼女は真剣そのものである。

「見た感じ大事には至ってないみたいで何よりです。でも、体は無事でも心に傷を負ってしまう場合がありますから。私もう心配で心配で、早くケアして差し上げたくて」
「待ちなさい、話を続けるな。お前の言っている意味をまだ理解していない」
「直後ですからね、混乱されてますよね。いいんですいいんです、言わなくても分かります。トラウマはゆっくりと癒していくものですよ。私もお手伝いしますから」

 慈愛に満ちた、しかし有無を言わせない強引さで微笑んだレイは、次の瞬間凶悪なほどに顔をしかめた。

「それにしてもあの野郎…先生をこんな目に遭わせやがって…」
「誰のことだ」
「決まってるじゃないですかカルカロフですよ!」

 予感的中。

 スネイプはレイに負けじと顔をしかめた。
 それに気づかず、とうとうと語り出す少女。

「だいたいあいつ最初っから気に喰わなかったんですよ。大広間でなぜわざわざ先生の隣に座ったんですか?」
「だから、我輩と彼は旧知の仲で」
「にしても二人の距離近くなかったですか?かいがいしく水差しとか手渡したりして」

 あのとき引き離しておけばこんなことには…と、苦々しくレイは舌打ちした。
  
「ダンスパーティーのときもそうですよ。教師と生徒の組み合わせはさすがに目立つから、私も我慢してパートナーにもならず引き下がったんじゃないですか。その隙をついてあの人は先生の隣にすっと入り込み、あまつさえあんなひと気のないところに呼び出して…ああっ不謹慎な!」
「不謹慎なのはお前の思考だ。いや、そんなことよりどこまで知っている」
「先生のことで私が知らないことなんてありません」

 レイは迷いなくストーキング実施中であることを宣言した。

 確かに彼女にはなかなかの観察眼があるかもしれない。
 これだけ目撃しておいて自分が陰で動いている意味にまるで気づかないのが不思議なくらいだが、それは妄想が邪魔をして洞察力が著しく低いためだろう。

「先生、もっと自分の身を大事にしてください。こんな狭い部屋に二人っきりで入るなんて何にもされないはずがないでしょう!?危険すぎるの分かってるじゃないですか。ヘタレなカルカロフだったからよかったようなものの、私なら我慢できませんよ!」
「心配するふりをして本音を出すな!」
「わたし、先生が心配なんです…」
「しおらしく言ったところで本音が出たあとでは嘘にしか聞こえん!」

 スネイプは苦々しく舌打ちした。
 通常の教師の仕事に加えて三校対抗試合の準備、カルカロフとの関係にも気を配らなければならない。
 ここ一年、覚悟はしていたが、予想以上に彼の心の休まる暇は無かった。
 その上で、この思い込みの激しい少女の扱いである。
 正直、大いに手に余る。

「どいつもこいつも、我輩に余計な手間をかけさせおって…」
「先生、私のがまだマシですよ。先生になら襲われる側でも構いません」
「そういう問題ではない。むしろある意味ではお前が一番厄介だ」

 スネイプはレイの寮に1点減点、と告げた。
 レイは「えー」と非難の声をあげたが、どことなく嬉しそうで、それは彼女の行動を抑えるのにはまるで効果がないことを暗示している。

 減点すら彼の気休めにすらならない今、スネイプはただただ深いため息をついた。


End. 

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