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▼ キレるひと

 
 そのとき彼女は、不機嫌だったのだ。
 徹夜明けに風邪気味。小テストの結果は散々だったし、こういうときに限って友人はカン高い声で憧れの彼のことを話しまくる。
 だからスネイプに廊下で呼び止められた時は、ある意味限界寸前だった。


「これはこれは、誰かと思えば」

 嫌味ったらしい声が言った。

「一週間ぶりではないか。先週の授業での輝かしい失敗が目に焼きついていて、まるでそんな気がしないが」

 スネイプの方は授業の間の休み時間ということもあり、めったに問題を起こすことのない大人しい彼女をそれほど(少なくとも眼鏡の少年ほどには)目の敵にしてもいなかったので、嫌味を一声かけるだけで立ち去るつもりでいたのだが、


「いやーその節はどうも、わたしの右手がお世話をかけまして。よく言って聞かせていますので」


 彼女はニッコリ笑って、明朗快活にこう反撃したので面食らった。
 しかしそこは教師のプライド、返さずにはいられない。

「ついでに助言させていただくなら、君はもっと彼女とのコミュニケーションが必要ですな。この間のレポートも、何を言いたいやらさっぱり伝わってこなかった」
「それは彼女のせいではありませんわ、大変失礼しました。すぐにやり直したいところなのですけど、先生のご達筆な添削がほとんど読めなかったものですから…」

 あくまで爽やかに。しかし、字が汚いと言っているのは明白で、もちろんそれをスネイプも読み取らない訳がない。

「ではもう一度君にも読めるよう書いたものを手渡すとしよう。そういえば、目の下に隈ができているようだが」
「ええ、少し徹夜を」
「いけませんな…ただでさえ学習がついていっていないのに。授業中に眠ってしまうようなことにでもなれば、目も当てられないほど大量の減点をしなければならなくなる」

 気遣うような言い方をしながらもしっかりと鼻で笑う。

「いいえ、大丈夫ですわ。 若 い ですから」

 彼女は笑顔をわざとらしく作り、若いという言葉をことさら強調した。

「24時間ぐらい起きていたって、体力的にはなんともありません。“若い”ですから。睡眠を削ってでも学業に勤しむのが“若い”学生というものです」
「なるほど、その点は同意しよう。削る理由が本当に学業であればな」
「先生はいかがです?徹夜しても平気でしょう?“お若い”ですもの」
「……ああ」

  まだ年寄り扱いされたくないという弱点をつかれ、ノーとは言えない30男。

「しかし君は女生徒だ。ある程度は睡眠時間を確保して、肌の調子も考えたほうがいいと思うがね。今の状態ではストレスが見た目にありありと出てしまっている」
「まあ先生、お心遣いありがとうございます」

 核心をぐさりと突かれ、笑顔が多少引きつる10代乙女。

「けれど先生も髪を洗う時間がないほど頑張っていらっしゃるのですから、私も先生を見習わなくては。多少見た目が悪くても」
「……!」

 売り言葉に買い言葉。
 嫌味のはずだった応酬はどんどんヒートアップし直接的な物言いにシフトしてきた。


 二人の周囲には、見物の生徒で輪ができはじめている。

『…これほど怖いもの知らずの生徒を見たことがないぜ、僕』
『もしかしたら僕なんかよりずっと勇敢かも…』
『ある意味それは正解だと思うわ、ハリー』
『なあ相棒、来週からあの子、我らのお姫様として崇めようぜ』
『いいな、相棒。ただし姫じゃなくて女王様だ』

 なんて会話が繰り広げられているなんて、ヒートアップしている二人には聞こえるはずがない。


「ああ、それから今の発言はセクハラと取られかねないので注意した方がよろしいかと思います」
「…なるほど、今後の参考にさせていただこう。まあ君が相手であればセクハラと言われることもないから安心だが」
「ええ、先生といるときには女らしくする必要もありませんし?」
「好都合だ。我輩にロリコンの趣味があるなんて噂を立てられては全く困るのでね」
「え、先生ロリコンだったんですか?引くなーあたし」
「噂だと言ったのが聞こえんのか?それにお前に引かれても痛くも痒くもないわ!」


 もはや単なる喧嘩になっている。
 生徒の輪はどんどん広がってきた、中には教師も何人か混ざっていたりする。

『生徒相手にあそこまでムキになるかい、セブルス。わたしは君をかいかぶってたよ…』
『減点することをすっかり忘れてるよな』
『ていうか、なんか痴話げんかみたいになってないか?』

 なんて会話ももちろん、全力でけなしあっている二人には聞こえようがない。


「いい加減にしろこの小娘が!文句は薬草の刻み方が上手くなってから言え!」
「そんなこと言っちゃって、ほんとはヅラなんじゃないですか〜?」

 エキサイトする本人たち。
 唖然としていた観客たちも次第にヒートアップしてきて、野次を飛ばすどころか片側を応援しだす者まで現れた。
 これはいいゴシップだと校内新聞担当の生徒も駆けつけ、カメラのフラッシュもチカチカ光る。
 もうちょっとしたイベント状態だ。


 …その次の日。
 理由は公表されずに、グリフィンドールとスリザリンから点数が引かれていたらしい。




End. 

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