▼ Cherish
必要以上に強がる、自分を大きく見せたがる。
思春期という年齢的なものだけではなく、彼は小さいときからずっとそうだ。
だから今。
彼の目がどんな色をしているか、私には想像がつく。
まあ大忙しで、彼の座っているソファを見る暇すらないのだが。
「大事な任務だ、僕にしか遂行できない!」
嫌でも聞こえるような大きな声だ。
私以外の誰かが聞いたらどうするのか。
「この僕をご指名くださったんだ。ようやく活躍できるときが来た!」
誰が指名したのか、どんな任務なのか。
それを言わないまま、彼はさんざん自慢する。
まあ、大方予想はつく。彼とは生まれたときから一緒なのだから、考えていることなどすぐわかる。
「もう少し喜んだらどうなんだ、レイ」
「喜んでますとも」
ようやく私は、手にしていた布巾を置いた。
調度品の手入れが一通り済んだのだ。
毎年これが終わってからでないと、ホグワーツに向かう気にはなれない。
壁に飾られた額縁の光沢がちゃんと復活しているか目を近づけて確認しつつ、私は話を続ける。
「でもお休みに帰れないなんてねえ」
「忙しいんだ。いろいろ準備が必要だからな」
「お辛くなったら、いつでもお話しくださいね」
「お前に手伝わせるほど軽い任務じゃない」
「一人じゃ駄目だと思ったら、助けを求めるんですよ」
「馬鹿いうな、そんなにヤワじゃない」
「危なくなったらご自分の命が最優先ですよ」
「お前は任務をなんだと思ってるんだ?」
「決意が揺らいだ時には、一緒に帰ってきましょうね」
「帰れるはずがないだろう!馬鹿にするな!」
どん、と大きな音がした。
応接テーブルに足を投げ出したのだろう。
行儀が悪いと注意しようとしたが、まあ奥様も外出中だ、これぐらいは見逃してあげようか。
「お前は僕に甘すぎるんだ!」
彼は不満そうに言葉を続けた。
世話係が甘くて何が不満なのだろうか。
「大体、家はともかく、寮でまで僕にべったりする必要はないじゃないか。いつまでも子供じゃないんだぞ」
「だって私にとって坊ちゃんは、いつまでも大事な方ですから」
「坊ちゃんと言うな!」
「坊ちゃんは坊ちゃんでしょう」
「だから甘いっていうんだ…いい加減にしろよ」
大きなため息が聞こえた。
いつもこんな感じで、私の粘り勝ちだ。
だってもう16年ですよ、今更呼び方変えろったってねえ。
ただ、今日の坊ちゃんは、少し違った。
「言っておくけど、さっきの話、嘘じゃないからな」
「誰も嘘なんて言ってませんよ」
「じゃあ、どうして頷いてくれないんだ」
「だってあんまり突然で」
「突然だからって真剣じゃないとは限らないだろう。どこまで馬鹿なんだお前は!」
ブロンドを振り乱し、不機嫌丸出しで彼はわめく。
色気も何もあったもんじゃない。
「約束しろ。この使命を成功させたら、お前は僕のものになるんだ」
「あのね、坊ちゃん…」
ため息が自然に漏れた。
押し問答は、さっきから一向に進まない。
「あなたは本当に人の話を聞きませんね」
「お前の意見がつまらないだけだ、聞く価値もない」
「だからね、そんなつまらない奴にバカな約束をするなと」
「馬鹿かどうかは僕が決める。つべこべ言うな」
「ほんっと頑固ですねー…」
彼のわがままに慣れているとはいえ、今回は度を越えている。
内容も内容だし、実現するわけにはいかない。
すごくやる気なのは、側で見守ってきた者として非常に嬉しいことなんだけどな。
「いいか、見てろよ。絶対成功させてみせるから」
「見てますよ、いつも」
「それは子供の僕だろ」
軽く流したはずだったのだが、そのフレーズだけが耳に飛び込んできた。
「お前の中では、僕はまだお前の背中を追っかけている“小さなドラコ坊ちゃん”のまんまなんだ」
いつの間にか、声は耳元で聞こえていた。
私に近づいてきたのだろう。
とっくにこの壁面の棚の整理は終わっていた。
けれど私は振り向かず、整理しつづけているフリをした。
「私はこれからもずっと、あなたの側におります。それではいけないのですか」
「…だめだ」
「それに身分不相応です、ご両親も反対されるかと」
「僕が説得する!」
「困った人ですね」
「ああ、どうせ僕は子供だよ」
さっきからずっと私を見つめていることなんか、とっくに分かっていた。
けれどその視線に応えるには、勇気が要った。
「だから強くなるんだ、大きくなるんだ。お前が、僕しか見ていられなくなるぐらいに」
よく知っているはずの彼の目がきっと、私の知らない色に燃えているから。
「まあ、考えておきますよ」
「いいか、腹を決めて待っていろ。一年後にはそんなことも言ってられなくなるからな」
「へー、それは楽しみですねえ」
今、私が必死で平静を装っていることだって、バレるのも時間の問題だろう。
――もうとっくにあなたしか見えていません。
なんて、甘い台詞。
あと1年の練習で、ちゃんと言えるようになるかどうか。