▼ オールディーズ
人は変わるものだ。
「お前は我輩に謝ってばかりだった」
「だって怖かったんだもの」
まるで悪びれた様子もなくレイは言う。
「あの頃のあなたはピリピリしていて、とても近づきたいと思えなかったわ」
「それは結構ですな」
「あ、ひどい」
「あの頃のお前こそ、とても近づきたいとは思えなかったのだがね」
「それは結構」
レイは得意げに口角を上げる。
「なるほど、あなたにとって高嶺の花ってやつだったのね」
「誰が…」
知らないうちに呆れ声になった。
いつもこんな調子だ。
からかっているのか真面目なのか分からない。いや、今回は明らかにからかわれているのだが。
とにかく、レイとの会話がスネイプは得意ではなかった。
ただし、昔と今では、“得意ではない”の質が違う。
学生だったあの時は、こんな人間だなんて思いもしなかった。
彼女を見る目のなにもかもが変わったのは、1年前に再会した時からだ。
* * *
『もちろん存じあげておりますぞ、ミス・コーリ』
スネイプは例年の通り、存分に皮肉を込めた言葉をかけた。
『その若さで防衛術をご担当とは立派ですな。噂にならない方がおかしい』
『若いって言っても、あなたと同い年ですけどね』
レイは戸惑うどころか、おかしそうにくすりと微笑んだだけだった。
しかも同窓生ですよ、と彼女は言った。
『レイ・コーリって名前に聞き覚えない?ハッフルパフで、魔法薬学が苦手な』
そう、薬学が苦手だったの。
噛んで含めるように繰り返す。
その言葉を辿れば、該当人物にたどり着くのに時間はかからなかった。
しかしそれはつまり。
あの小動物のような少女が、強いというよりしたたかそうなこの女に、
…なったということか?
ここまで大幅な変化(もはや変身や人格崩壊に近い)なんて有り得るのだろうか?
ない。
少なくとも自分の知る範囲内では有り得ない。
『覚えていてくれて嬉しいわ、セブルス』
彼の僅かな変化に気付いたらしく、レイはそう言った。
どこがハッフルパフだ。
油断ならない奴め。
にっこり微笑む彼女に警戒することを、スネイプは自らに課したのだった。
* * *
「なつかしいね、ここ」
「お前が来なかっただけだ。我輩は毎日来ている」
「あのね魔法薬学の大先生、ノスタルジックな空気を遮らないでくださいます?」
放課後に、地下牢に来るほど暇を持て余している生徒などいるはずがない。
2人しかいない空間に、またしても呆れているような話し声が、少し残ってから、消えた。
「変なの」
レイは教卓の椅子に座った。
「セブルスが魔法薬学の先生だなんて」
「…我輩の10年間を『変』と言い切ったな貴様」
「すみませんでした大先生さま。いや、セブルスがどうとかじゃなくてさ」
かたん。
羽根ペンを持ち上げ、手でもてあそぶ。
「…私の中では、薬学の先生って言ったらあの人だから」
スネイプはレイの方へ振り向いた。
ほこりがちらちらと、長い秋の日差しに舞っている。
レイは何をするでもなく、ただそれを見つめている。
その横顔は、昔の面影と連続していた。
「冷えるだろう」
「ううん、もうちょっとここに居たいの」
手振りで研究室につながるドアへ促すスネイプを、レイはやんわりと退けた。
「ねえ、覚えてる?そのドア辺りで、よくすれ違っていたでしょ、わたしたち」
レイは昔話をはじめた。
懐古は趣味ではないのだが、それでも彼は黙って聞いていた。
彼女は教師の名前を口にしなかった。
でもそれはきっと、しなかったのではなく“できなかった”からなのだろう。
だってそれは、かつて彼女が恋した人の名前だったからだ。
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