小説 | ナノ


▼ 9.コスプレ

 

「失礼しまぁすっ!」

 場違いなほど気合の入った声が、暗い研究室に響いた。


「…なんだ、その格好は」
「メイドですわ、ご主人さま」


 堂々と、ホグワーツの生徒であるはずの彼女は言い切った。

 メイドと言っても、そんなにフリル満載でミニスカートでは働けないのではなかろうか。 
 それ以前に、いつ誰がどのような経緯で誰のご主人様になったのか聞きたいものである。

「ついに学業をギブアップしたのかね」
「何言ってるんですか。コスプレの基本っつったらメイドでしょう」
「コスプレ?」
「コスチューム・プレイ。やーだプレイが何かまで言わせないでくださいよこのおませさん!」
「…“演じる”という意味だろう。普通に」
「あ、そうなんですか?アヤシイ意味かと」

 よい子は『アヤシイ意味』をこれ以上深く追求してはいけない。

「なんだ、メイドはお気に召しませんか。それじゃ5分くださいね」
「…5分?」


 5分後、宣言どおりレイは現れた。
 バニーガールの格好で。

「メイドがダメなら、露出が高い方が好みかと思って」
「そういう問題ではない」
「じゃあ次」
「…次?」

 こんどは5分もせず帰ってきた。
 当然だ、耳と尻尾が変わっただけでは、そんなに時間がかかるはずもない。

「やっぱりウサギよりネコですよね、気がつかなくてすみませんでした!」
「…却下する。帰れ」



 その後もしばらく、コスプレショーは続く。

「セーラー服!」
「普段と大して変わらんだろう」

「ナース服!」
「そんな制服は魔法界には存在しない」

「ゴスロリ!」
「ああ幼児退行か、頭の中身とある意味釣りあいますな」

「ミニスカサンタ!」
「冬服らしい丈を考えて出直してこい」

「すみません、モビルスーツは手に入らなくて…」
「なぜ謝る」

「まさか裸エプロン?やぁだへんだーい」
「そろそろ退学用の書類を作成しようと思うのだが、いいかね」

「よし最終兵器!着ぐるみ!」
「…大広間でもどこでも、ここ以外でなら好きに暴れるがいい」


   
「もう、いったい何がいいんですか?」

 オスカルの格好をした少女は提案を続ける。

「わがまま言っちゃいけません。どれか着てもらわなくちゃいけないんですから」
「我輩が着るのかね!?」

 少女は平然と頷いた。

 着るわけがないだろう、今までの衣装はほとんど女物だというのに(着ぐるみ除く)。
 分からない。こいつの思考回路は前から分からないが、今回はいつにも増して意味不明だ。


「しょうがないですねー、これが最後ですよ」

 少女は不満げに呟き、また外に出て行った。
 スネイプは鍵をかけて締め出そうか迷ったが(今まで思いつかなかったのが不思議だ)、
逡巡している間にまたドアが開いた。


「…キモノというのは、お前の国の民族衣装ではなかったか」
「キモノというか、これは夏用のユカタですが…ネタが尽きたんです」
「フン、尽きてよかったのではないかね?」

 実際今までのどの衣装よりも、少女には浴衣が一番似合った。
 年相応の可愛らしい金魚柄に、東洋人らしい黒髪がよく映える。

「そうですか?なんか地味ー…着物系ならせめて巫女さんがよかったんですが。モビルスーツ同様見つからなくて、すみません」
「だから謝るなと言っている」

 スネイプは低くうめくように言った。もうそろそろツッコむのにも疲れてきているのである。

「あ、あと、これ先生用です」
「何を言われても我輩が着るわけが…」
「まさかスネイプ先生に金魚柄着ろなんて言いませんよ」

 ナース服ネコ耳だと叫んでいたのと同じ口が、ひどく常識的な発言をした。
 彼女は折りたたまれた黒い布をぽんと放り出した。

「…これもユカタというやつか」
「実家の父から借りてきました。この色なら抵抗もないでしょう?」
「確かに…まだマシな方だが…」
「じゃあ決定!自分で着ますか?それとも手取り足取り着せて差し上げましょうか」
「……自分で着る。お前はそれを見たら帰るのだな」
「もちろんです」

 少し説明を受けて、スネイプは研究室奥の小部屋に消えていった。



 強烈なものを先に見せておけば「あれよりはまだマシだ」となり、いつもと違うことに対する基準が甘くなる。
 こうしてレイは本来の目的を達成した。

 その時のプロマイドは飛ぶように売れたらしい。
 そしてスリザリン生は、彼女にだけは悪口も意地悪も決してしなくなったそうである。




End. 

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