▼ 1.ひっかけクイズ(失敗編)
「…失礼します」
スネイプはレポートの採点中だったが、並々ならぬ気配を感じ作業をやめた。
「なんだね、コーリ」
「ちょっと、ご相談が」
よく見ると並々ならぬ、どころではなかった。
目を見開き、まばたきをしていない。全身に力が入っている様は明らかに緊張している。
鬼気迫るというほうが正しい。
「先生にしかお願いできないことが、ありまして」
「…言ってみなさい」
気圧された男は、思わず言葉を促した。
レイは深呼吸して、静かに話し出した。
「私が今から言葉を言いますから、それを繰り返して言って下さい」
「…は?」
「先生が間違えたら私の勝ちです。全部間違えなかったら先生の勝ちで」
「待ちたまえ。それは相談か?」
「勝負です」
「相談とさっき言わなかったか」
「言いません。はい、開始」
レイはパチンと手を打った。
「先生、こんにちは」
「…………」
戸惑っているのか、馬鹿馬鹿しいと思っているのかは分からないが、スネイプは答えない。
「せんせー!こーんにちはー!」
「…………」
「あ、そっかあ!とても言える自信がないんだあ!それなら勝負する前に言っといてくださいよー!」
スネイプはむっとした顔で言い返そうとした。
が、気づいたように途中で口をつぐんだ。
レイはそれを見逃さず、口の端だけで少し笑ってみせた。
「勝負する気はあるみたいですねえ。もいっかい言いますよ?こんにちは」
「……“こんにちは”」
男はついに繰り返した。
一度言ってしまえば二回目からは簡単で、勝負は続いた。
「なんだ、やればできるじゃないですか」
「“なんだ、やればできるじゃないですか”」
「あかまきがみあおまきがみきまきがみ」
「“あかまきがみあおまきがみきまきがみ”」
「なかなかやりますねえ」
「“なかなかやりますねえ”」
「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ…ああ過去に一回使ってた。やめよう」
「“ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ…ああ過去に一回使ってた。やめよう”」
「このゲーム、面白いですね」(ニヤニヤしながら)
「“このゲーム、面白いですね”」(眉間の皺を増やしつつ)
レイはニヤニヤ笑いをやめ、素の顔で言った。
「あれ?今で何回ぐらいやりましたっけ?」
スネイプはもはや死んだような青白さで、言った。
「“あれ?今で何回ぐらいやりましたっけ?”」
「…………」
レイは驚いたように固まっていたが、気を取り直して言った。
「…もしかしてこの問題知ってました?」
「“もしかしてこの問題知ってました?”」(首を横に振りながら)
「…………」
「引っかからなかった…」
「“引っかからなかった”」(当然だという顔)
知っている方はご存知であろう。
ここで「覚えていない」だとか
「○番目」だとか答えてしまったら、負け。
今までの繰り返しは全て、ここでミスを誘うためにある。
イギリスのクイズなんか知らないレイができる引っ掛けクイズなんか、これしかなかったのだ。
「どうした、これで終わりか」
「先生、喋っちゃってますよ」
「“先生、喋っちゃってますよ”……お前の言うことを繰り返せと言われただけだ。自分からの発言は禁止されていない」
「確かにそうですけど…」
「“確かにそうですけど…”」
「…分かりました、先生。終わりましょう」
「“…分かりました、先生。終わりましょう”…終われんな」
「何故ですか」
「“何故ですか”…またさっきのように引っかける気だろう」
「違いますって」
「"違いますって”…信用できんな」
「終わりましょうよ、でないといつまでたっても……あ」
「終わりましょうよ、でないといつまでたっても……あ」
しまった、
終わりの合図決めてなかった…!
* * *
勝負はその後約一週間続いた。
レイはスネイプに会うたび、自分の言葉をエコーされ続けた。
ある意味こっちの方が、クイズ自体よりもずっと罰ゲームだった。