小説 | ナノ


▼ 「お化け」

“幽霊よりも存在感が薄い”って言われたことがある。
 そんな訳がないと思う?
 でもこっちの世界の彼らは、私なんかより断然自己主張強いからね。

 学生時代の私ときたら。
 「あれ、いたの?」なんてのは挨拶みたいなもの。
 話に夢中な友達には置いていかれ。
 待ち合わせても目の前にいるのに気付いてもらえない。

 ただ、サプライズの時だけは大活躍ですよ。
 驚かすのに今まで失敗したためしがないからね。これ、ちょっとした自慢。

 でも意外だろうけど、そんな自分は割と気に入ってたりするんだよ。
 影が薄いっていうのは、誰の目も気にせず自由にふるまえるってことだから。
 私にとっては目立つより、気楽に過ごせるほうがずーっと大事。

 ホグワーツ卒業して、ダイアゴン横丁の古本屋で働いてる今もそれはおんなじ。
 邪魔にならないように気配を消していれば、本を読んでいても怒られないんだよ。
 お客さんが必要なときだけ手を貸せばいい。
 ね、これ、最高の職場じゃない?

 …いやいや、私が話したいのはそんなことじゃなかった。


 今日、本を買っていったのが、母校の先生だったわけ。
 でも私はそんな感じで影の薄さには定評があったから、覚えてないだろうと思って。
 レジでは普通のお客さんにするのと全く同じ態度で「ありがとうございましたー」ってやったの。

 そしたらさ。


「卒業してからずっとここに?」

 かっちり視線がかみ合った。
 その目が言ってた。
 我輩はお前を知ってるぞ、もちろんお前もだな、って。


 一度でも授業を受けたことがあるなら、忘れようにも無理だよね。
 セブルス・スネイプという教師は。


 とにかくその時はものすごく動揺してて、それがそのまんま口から出てた。

「覚えてらっしゃるんですか?」
「もちろん覚えているとも。材料を切るとなると徹底的にバラバラにしないと気がすまなかったミス・コーリだろう?」

 ニヤって笑いながら言われた。
 そうそう、あの、揚げ足とって得意げな感じ。

 顔を思い出した程度かと思ったのに、授業の事まで覚えてるか、普通?
 しかもそれが失敗ってところがね、さすがの粘着質だよね。
 でも名前呼ばれたから返事せざるを得なくって、しぶしぶ。

「ナイフさばきは今も苦手です。まあ料理だから大事には至りません」
「鍋はあれだけ使えるのに、基本のナイフが扱えんのか。理解できんな」
「え?」

「お前が鍋の火加減と攪拌を間違えたことはただの一度もなかっただろう」


 当然のように、さらっとおっしゃいましたけど。

 もしかして、褒めた?
 今、褒めた?
 スネイプが?
 誰を?
 わたしをか?
 あ、聞き違い?
 でもない?
 そんなばかな!


 もう、動揺って次元通り越して、訳わかんなくなってて。
 でもスネイプの方は全くなんでもない様子で、あっちからすれば多分事実を言っただけなんだろうね。

「基礎がないことを恥じるなら、ホグワーツを訪ねて来たまえ」

 出身のよしみで補習してやる。
 とか一方的に尊大に言って、さっさと帰っていった。



 …それだけ。

 未だに補習なんか行ってないし、何がどうしたってわけじゃないんだけど。


 自分を見てる人がいた。

 それが私には珍しく嬉しかったっていう、ただそれだけの話。

 はい、おしまい。





“Ghost”
 みえないひと、みてるひと
 

 

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