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▼ てわたしの話

 

 そのプレゼントはピンクとオレンジのやわらかそうな包装紙にゆったり包まれ、アクセントとして金色のリボンが結ばれていた。


 華やかな包みの中を推測するのは簡単。

 昨日が何の日かを知っている日本人ならば、一日遅れだとしても、"女性の贈るチョコレート"には特別な意味があることを知っている。
 彼、セブルス・スネイプはイギリス人であるが、身近な日本人にその知識を吹き込まれていたので、もちろんその意味を理解していた。

 まさかその“身近な日本人”当人が、自分にそれをよこすとは思ってもみなかったのだが。


「…あのー…」

 彼女はそっと口を開いた。


「いらないですよねえ」
「いりませんな」


 即答であった。
 レイは怒るわけではなく、眉をくにゃりと八の字に寄せた。

「そうですよねえ。甘いものお好きじゃなさそうですもんねえ」
「いや、そ…」

 そういう問題ではない、と言おうとして、口をつぐむ。
 『ではどういう問題ですか』
 と聞かれた場合、気恥ずかしい説明を自らしなければならない羽目になる。
 そう思ったからだった。


「いやー私も、どうかと思ったんですよ。でも周りの皆が作ってるの見ると、どうしてもやりたくなっちゃいまして。私って影響されやすいんだなーって思いました」

 彼女は困ったように笑う。

「で、チョコ作るでしょ、作ったらラッピングも凝りたくなって」
「出来上がったのがこれだと」
「はい」

 ただ作りたかったからなのだという。

 本気で言っているのだろうか。
 いや、恥ずかしさを隠すための言い訳かもしれない。
 どちらにせよ、面倒に首を突っ込むような馬鹿をしたくはない。
 自分は受け取らない。
 彼は決意を新たにした。


「…いりませんよねえ」
「いりませんな」


 ふたたび。
 気持ち良いほどにスピード感のある受け答えであった。
 彼女はさして気分を害された様子でもなく、柔和な態度のまま会話を続ける。

「そうですよねえ、私から貰ってもって感じですよねえ。別のかわいい子ならともかく」

 彼は返答に窮した。
 この場合、イエスと言ってもノーと言っても、彼女が変なイメージを抱くことになりはしないか。

 例年、スネイプは2月14日のことを、
『2月の14日目で、今年は○曜日だ』
 ぐらいにしか捉えていなかった。
 陰険教師として名高い彼は、バレンタインなどという甘ったるいイベントには縁遠く、それぐらいの認識で充分だったのである。

 それがなぜ今年に限って。
 一言の返事にさえもこんなに気を使わなければならないのか。


 自分が目の前の小娘に(内心だけとはいえ)踊らされている。
 そのことに気づきうんざりした彼は、これから一切口を閉ざすことに決めた。


「そうですよねえ。こんな時間に今更って感じですもんね」
「………」

「遅いですよねー、もう夜だもの。あんまり凝りすぎちゃって昨日の夜から丸々一日かかって、気がついたらこんな時間になってたんですよー」
「………」

「こだわったんで、味はけっこういけると思うんですけど」
「………」

「まあ貰っていただけないのは仕方ないですよね。さて、これどうしようかなー」
「………」

「自分で食べるにしても、もう味見でお腹いっぱいだし」
「………」

「捨てるのもなんか、丸一日無駄にしちゃった気がしてできないし」
「………」

「うーん、どうしようかな」
「貰ってやるからそこに置いておけ!」


 考えが見え見えな彼女に対し、スネイプはついに痺れをきらした。
 察することが得意なだけに、回りくどい言い方が余計にいらついたのだ。

 自分の平穏が戻ってくるのならば、甘い物のひとつやふたつ、受け取ってやっても構わない。
 構わないからさっさと帰れ。
 レイを疑い続けることで彼は精神的に追い詰められ、結果かなりの譲歩をしてしまっていた。


 彼女は、ぱぁっと笑顔になった。

「本当ですか!」

 差し出された包みを受け取るスネイプ。

「これでいいだろう。さっさと出ていきたまえ」
「すっごく助かります!もうチョコレート地獄を覚悟してたんですよー」
「…『地獄』?」
「いくら自分で作ったと言っても、一人で処理できる量には限度がありますから」
「『処理』…」

 眉間のシワが徐々に深まってゆくスネイプをよそに、レイはニコニコしている。



「あ、そういえば昨日ってバレンタインだったんですよね。どおりでみんなお菓子作ってるはずだ」




 …2月14日をバレンタインと認識していない人間が、ここにもいた。
 しかも人に覚えさせておいて自分は忘れるという性悪さである。

 そういえば、と日本の風習を話していた時の彼女のコメントをスネイプは思い出していた。


 まあ私には縁遠いイベントですけど。
 チョコなんてあげるもんじゃないです、自分用にしか買いません!


 思い返せば彼女はそういう、色気のないキャラクターだったのだ。最初から。

 気づかなかった自分の不注意を、彼は非常に悔やんだ。
 それに思い当たってさえいれば、今までの苦悩からもっと早くに解放されていたというのに!


「これって告白したみたいですねー。愛の告白っていうより愛の押し付けですけどね。あははは」

 ものすごい虚無感におそわれているからといって、彼を責めないでやっていただきたい。


 あっけらかんとした笑いを耳にしながら力なく包みをほどくと、トリュフのような形をした小粒のチョコレートが現れた。
 普段甘いものなど食べないスネイプは、(ショックのためか)無意識にひとつ手に取り口に運んだ。
 上品な甘さで舌触りもなめらか、こだわっただけのことはあって、確かに出来は良いようだった。


「……聞くが」
「なんでしょうか」
「なぜ我輩を選んだ?作りすぎたものをやるだけなら寮の仲間でよかろう」
「そりゃあ先生を選ぶでしょう。誰かひとりとなったら」
「それが何故かと聞いている」

「あれ?」
 彼女は意外そうな顔をした。



「私、先生が好きだって、まだ言ってませんでしたっけ?」




End. 
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