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本来の目的である薬草を手に入れたはずなのに、スネイプはこう言った。
「遅くまで居るわけにもいかんからな。夕食は早めにしてくれたまえ」
…毎年のことですが、頼むから私の『早く帰れ』オーラに気づいてください。
シチューの鍋の上で、マッシュルームをナイフで削り、直接投入。
料理は割と好きなので、落ち込んでばかりだった気分がだんだん良くなってきた。
それに、さすがのスネイプもこの時ばかりは口を出してはこない。
ローストしたチキンはもうすぐ焼ける。あとはおにぎり。
ちょっと他との組み合わせが微妙だが、疲れたときには緑茶とおにぎりという「日本人の心」コンビが一番だ。
…つまり私は、最低一年に一回、これを食べないとやってけないわけだが。
「先生、パンとおにぎりどっちがいいですか」
食べたいものがその時によって違うらしい。
一度、イギリス人だったらパン出しておけば間違いないだろうと何も聞かずにパンを出したら、『なぜお前だけライスボールだ』と食事の間ずっと文句を言われ続けた。
食べたかったのなら自分から言えといいたい。
しばらく待っていたが返事はなかった。
キッチンからは、ソファの背もたれが邪魔になってスネイプの姿はこっちからは見えない。
そういえばさっきから小言が止んでいるような。
…だんだん不安になってきた。
静かなのはいいことだが、すぐ直後にあの猫なで声が聞こえてきそうでとても怖い。
今度は何を見つけるんだスネイプ。資料にうっかり落書きした悪口か。それとも彼についてさんざん愚痴った手紙か。いや、どっちも処分したはずだ!
「…先生?」
手にしていたしゃもじを置き、そおっと近づく。
腕組みをして少しうつむいて座っているスネイプは、
なんと、寝ていた。
ま、間違いない。信じられないけど間違いない。
だってまぶた閉じてるもん。私が来ても気づいてないもん。
この人も寝るんだ…。ユニコーンより貴重なものを見た…。
「スネイプ先生」
あの神経質な男が、声をかけても反応がない。よっぽど深い眠りらしい。
「先生、ごはんできましたけど」
腕に手をかけて揺り起こそうとした寸前で、いや待てよ、と私は思い直した。
せっかく平穏な時間だというのに、わざわざ自分で壊すことはないな、うん。
それにしてもスネイプはぴくりとも動かない。
寝息がないと、死んでいると錯覚しそうなぐらいだ。
疲れてるのかな?
いつも学校の仕事を片付けたら来ると言っていたし、直前まで忙しかったのかもしれない。
眉間の皺は、起きているときより心持ち減っている、気がした。
あまり確証がない。私はあまり、彼の顔を自分から見ることはしないからだ。
…後ろめたいので。
「ほんと、いつもすみません」
セブルス・スネイプはとても優秀な調合士だ。
まあ多少毒舌で神経質に過ぎるにしても、それだけは間違いない。
彼の言うことはいつもほとんどが正しい。
私がそれを実行できないだけだ。
それが、悔しい。
本当はもっと教わりたい。色々な話をしてみたいのだけれど、いざ本人を目の前にすると言いたいことは全然言えない。
だから、苦手なのだ。
彼と話していると自分の無力さが浮き彫りになる。
対等に渡り合える自信は、今の私にはない。
スネイプが目を開ける気配はまだないようだ。
聞こえないのをいいことに、更に私は呟いてしまう。
「私、尊敬してます。いつか必ず先生みたいになりたいんです」
…こんな時にしか、対等でいられないなんてなあ。
大きくため息をひとつついて、私はシチューをかき混ぜに戻った。