小説 | ナノ


▼ Secret Admirer

 

「あまり思い出したくないな」

 その話題になるとハリーは途端に嫌そうな顔になった。

「バレンタインにいい思い出がない。というか、ロックハートのときの印象が強すぎる」
「こっちじゃ男女関係ないんだよね?」

 ホグワーツで初めてバレンタインを経験するレイは、暖炉の前で雑談していた面々に確認すると、みんな頷いた。

「いいなー。贈るのが女性だけの日本はやっぱり不公平だと思うよ」
「でも物に思いを託すのは一緒よ。日本のチョコが、ここではカードにあたるわね」
「へー。なんで名前書かないの?」
「さあ。でも面白いわよ」
「誰が自分を思ってるか分からないんだもんねえ」

 レイは腕組みをした。納得した様子がない。

「うーん、でもなんか、足りないなあ」
「十分じゃないの?」
「恋愛やらない人には全然でしょ」

 そう言ってから、この話題を避けるためだけに宿題に向かっていたハリーに声をかける。

「ハリー、今年はそれなりのバレンタインにしてあげよう」
「どうやって?」
「日本の製菓会社の陰謀でね、カードと同じ意味の本命チョコとは他に、義理チョコという習慣があるのだ。恋愛なしでもチョコレートはもらえるの」
「へえ…誰でももらえるわけか」
「それすらもらえない人というのも居るんだけどね。まあ、大きさなんか気にしなければもらえる率は高い」


「というわけでチョコレート、差し上げようじゃないか!」

 レイは高らかに、談話室にいる生徒全員が聞こえるような音量で宣言した。

「表立ってなんて…なんかロマンがないな」
「ロマンがなくとも見栄を張れるぞ。女の子からバレンタインにチョコレートをもらった!ハッタリぐらいかませる事実だろう、男性諸君!」
「僕、チョコなら欲しいな。単純に食べたい…元気出そうだ」

 ロンが呟いた。ハリーとは違い、必要に迫られたためにやっていた魔法薬学のレポートに骨抜きにされていたところだった。

「他には?誰でもいいよ。大盤振る舞い」

 意外にも、談話室中からぱらぱらと手があがる。

「俺、いいか?」
「いいよ」
「じゃあ、ぼくもいい?」
「もちろん」
「俺たちも頼むぜ、姫!」
「いいよー、お二人さん。ああ、言い忘れてたけど、日本式で行くからにはホワイトデーもあるからね」

 レイはさらりと付け加えた。

「1ヵ月後に3倍返しが原則だから」
「…3倍?」
「今回は最初だし、等価交換でいいよ」
「それが目的だな…?」
「もちろんさ!日本は武士の国って言うけど、江戸時代に一番活気があったのは商人なんだからね!」

 謎の歴史談義を行っているレイを横目に、ロンはハリーに呟いた。

「…ウケないよな、イギリスじゃ」
「多分ね」

 しかし予想に反して予約リストは着々と埋まっていった。
 食べたいからとか、プライドとか、中にはレイにもらえるから…という理由がほんの少し混じっていたりもしなくはなかったのだが、本人はもちろん知るよしもない。



 * * *



 さて、当日。

 朝食の席についた生徒の間を、大量のふくろうが飛びまわる。

「な、なんだなんだ」

 レイの元にも何羽か降り立った。
 足には赤やピンクのバレンタインカードが結び付けられていた。
 紐をほどきおわると、彼らは手元のオートミールを勝手につっつき、一息ついてから帰路に旅立つ。
 レイはそれを見届けてから、カードを不審そうにじっと見つめた。

「あら、朝から3枚ももらうなんて幸先いいじゃない」
「…誰だ…誰なんだ…」
「それが分からないのがいいんじゃないか」
「ええい気になる!名を名乗れ不届き者めが!!」
「なら今日一日で探しゃいいだろ…僕んところ全然こないや」

 オムレツをつっつきながら、ロンが恨めしそうにレイを見やった。

「これで夜までなかった日にはみじめだぜ…レイ、チョコほんとにくれるんだろうな」
「あったりまえよ!」

 レイはカバンと一緒に床に置いている大きなカゴを持ち上げた。
 中には大量の、親指ほどの包み。すべて水色の包装紙だ。
 正面に座っていたハリーとロンを手始めに、一言ずつ交わしながら渡していく。

「はい、ハリー」
「あ、ありがとう」
「ロン、どうぞ」
「ありがとう!」
「はいよ、お二人さん」
「「お返しはイタズラでいいよな?」」
「それは困る…イタズラ用品ならいいけどね」

 少し照れながらも、手渡した彼らは嬉しそうだ。レイは満足そうに頷いた。



「さあさあ、チョコはいらんかね〜」

 そんなありがたみのないフレーズを叫びながら、彼女はそれから一日中学校中に配り歩いていた。
 配った人のリストにはどんどんと名が連ねられていく。

「マルフォイ君。これを差し上げよう」
「な…僕はリストになんか署名してないぞ!」
「飛び入り歓迎に決まってるじゃないか」

 レイは再びごそごそカゴを探り、水色の包みを取り出す。

「なんと珍しいことにレイ様の手作りだ。心して召し上がれ」
「お前、食えるもの作れるのか?」
「大丈夫、かろうじて腹はこわさない」
「…かろうじて?」
「セーフって意味さ。はい、クラッブとゴイルにも」

 二人は笑顔で食べ物を受け取り、その場で封を開けた。
 中にはカラフルなスプレーで彩られた、丸い形のチョコが3つ。

「…見た目はまともだ」
「でっしょー?頑張ったよ私」

 ドラコが受け取ったのを見とどけるとすぐ、レイはすたすた歩き出した。
 歩きながらも念押しは忘れない。

「そんじゃ、三倍返し頼むねー」
「お前それが目的なんだな!?誰が返すか!」

 しかし3月14日にはきっちり三倍返す律儀な金持ちのお坊ちゃん。
 ちなみに彼は自分だけが三倍だということに気づいていない。


「ちょっと日本人、いい気になってないかしら?」
「あらスリザリンのお嬢様方。どうぞ」
「え、私たちにも?」
「そうですよ。友チョコというのもあるのです」

 レイはにっこり微笑んだ。

「あなた方はお料理お得意ですか?」
「も、もちろんよ」
「そうでしょうね、見るからに上手そう。こんなチョコのお返しにはもったいないくらいのお菓子ができるんでしょうね」
「当然じゃない。一ヵ月後に、証明してあげるわ」
「いよーし!最高!」

 これなら彼女らは、例え本当は並の腕前だったとしてもかなり頑張ってくれるだろう。
 抜かりない作戦である。
 ちなみに料理のうまい人には、あらかじめ全て渡してある。こちらも抜かりない。

 さらに彼女は防衛術の教室にも乱入した。

「来たね、レイ。まるでトリックオアトリートだ」
「あ、先生方にはせびりませんよ。義理チョコってお世話になってる方に対するお礼なんで、本来は」
「甘いものは大好きでね。お茶にするかい?」
「よし来たぁ!」

 こんな調子で、実は教師からもお返しに値するものはしっかりもらっていたりする。


 本日の成果は、大幅な黒字に違いない。
 レイはスキップを踏みながら配って回った。



 * * *



 放課後。

 ペースが早かったせいで、この時間にもなればリストにある者や教師のほとんどに配り終えてしまった。
 後回しにした、たった一人を除いて。

「…いよっし」

 扉の前で気合を入れる。

「行くぞ行くぞ行くぞ…逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ…」
「そんなに嫌なら来なければよかろう」
「うおっ!!」

 背後に部屋の主は立っていた。

「今日は忙しかったようで何よりですな、ミス・コーリ」
「ご、ご用件はご承知のようで」
「承知している。よって、ここで帰っていただきたいのだが」

 スネイプはいつものように冷たく言って、中に入る。慌ててレイも後に続いた。

「まあそんなこと言わずに…」

 座ってレポートの採点でも始めそうな教授に近寄り、机の上にドンとカゴを置く。
 水色の包みを持って、キャンペーンガールよろしくニッコリ。

「食べません?」
「要りませんな」
「そんなすっぱりと!」
「噂では三倍返しとか?」
「先生方にはそんなことしませんよ!感謝の気持ちですから」
「我輩に感謝しているのなら、もっといい手があるぞ、コーリ」

 スネイプは腕を組んで、ジロリとこちらを見た。

「薬学の成績を上げることだ」
「それが無理なんじゃないですか!だからこうやってワイロを」
「帰れ」
「冗談ですよ…もしかして、甘いものお嫌いですか」
「そういうことだ。どうせ捨てることになる」
「…仕方ないですね…」

 他の先生には全員渡せたのに、パーフェクトじゃないのは気持ち悪いなあ、などと呟きながら、レイはしぶしぶ出て行った。




 研究室は、厄介者を追い払いようやく静かになった。
 レポートの採点を今度こそ始めようと、スネイプはインク壷に手を伸ばす。

 側に、見慣れないものがあった。
 銀紙に包まれた、四角い固形物。

 薬の材料でも置き忘れたかと思い開いてみると、中にはチョコレートが入っていた。
 デコレーションのひとつもない。茶色一色のそっけないものだった。もしかしたら試作品かもしれない。

「…コーリか」

 さっき知らないうちに落として、拾い忘れたのだろう。
 さっきのカゴには水色の包みしか見当たらなかったはずだが、その他に思い当たる節はない。

 届けてやる気もなかったので、スネイプは口に運んだ。
 ふわり、とブランデーの香りが広がる。ブランデーボンボンだったらしい。



「――忘れたほうが悪いのだ」



 思わず甘さの余韻を楽しんでしまい、彼は慌てて正当化した。




 * * *




 夕食後、寮の自室。
 それぞれのベッドでハーマイオニーは本を読み、レイは仰向けに寝転がってぼんやりしていた。

「ねえ、レイ」
「なに…今日は私、ちょっと疲れたんだけど」
「チョコレートあげた人の中に、好きな人っていたの?」
「『義理』は義理でしょうよ」

 答えは間をあけず、しかし彼女の態度と同じぼんやりした声で返ってきた。

「本命ってのは、義理の何倍も価値があるのさ。たとえたった一粒でも、小さくてもね」

 そう言うなり、レイは寝返りを打って枕に顔をうずめた。
 肩どころか上半身を震わせくつくつと笑う。
 ハーマイオニーは本から顔を上げて、そちらを見た。

「何がおかしいの?」
「いやね、今日は私、ちょっとした意思表明をしてきたのさ。自己満足に近いけど」

 レイは起き上がり、笑いすぎて出てきた涙をぬぐいながら言った。



「『うっかり忘れた』あの何倍も価値のあるチョコレート、食べたのかな、あの人…」










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